日本が震災で大変な状況に陥っている間に、中国では政府による言論面での締め付けがハンパではなくなっているようだ。まず、これは震災の前、ちょうど「両会(全国人民代表大会と政治協商会議)」が開催されたころから、僕もかなりの数をフォローしていた中国からのtwitterユーザー(推友)からのツイートがめっきり少なくなり始めた。理由は、当局がVPNを通じたtwitterやfacebookへのアクセスの禁止に乗り出したからだ。この結果、文字通り筋金入りの反骨ネットユーザー以外はtwitterへのアクセス自体をあきらめたものと思える。この辺の事情については、以下の津上俊哉氏のブログ記事が詳しく伝えている通りである。
http://www.tsugami-workshop.jp/blog/index.php?categ=1&year=2011&month=3&id=1300645833
中国のネット環境では、これまでもtwitter社のウェブ等へのアクセスは遮断されていましたが、上述のようなVPN(バーチュアル・プライベート・ネットワーク)サービスにより、基幹通信網における遮断を 「乗り越えて」 twitterや同様に遮断されているyoutube、facebook等のサービスに接続することが可能でした。中国人ユーザーもこのやり方を 「翻墻(fanqiang)」 (壁を越える)と呼んで、twitter愛好者が増えてきた矢先でした。しかし、「ツイッター鎖国」 は唯一開いていた窓である 「出島」 もいよいよ閉鎖する断を下したようです。
最近は月々千円足らずのコストでVPNサービスをコンシューマに提供する海外業者が増えてきました(中国国内業者について筆者は不知)。こういうコンシューマ・ユースのVPNサービスこそ、言論統制機関が強く恐れる対象です。これらの業者は海外にせいぜい数十のサーバーを置いてサービスを提供するだけですから、これらのサーバーのアドレス(ユーザーのアクセスのために公開されている)を調べ上げて片っ端から遮断すればよいのです。私は以前から中国国内からのVPNアクセスはそういう意味で脆弱だと感じてきました。そして、自分で重宝しているせいもあり、「頼むから遮断しないで」 と祈る気持ちでしたが、遂にヤラレました(トホホ)。
VPNアクセスの禁止など当局のネット規制の強化については、NYTやEconomistなどの海外メディアがこれまでも積極的に報じてきた。またtwitterだけではなく、GoogleやGmailも規制の対象になっているのでは、という指摘もある。
当局の言論面での締め付け強化はネット上だけの現象にはとどまっていない。いわゆる「ジャスミン革命」が問題にされた際に*1、実際にデモを計画したかどうかにはかかわりなく、日ごろから政府・共産党に批判的な言論を行っていた「維権人士」や人権弁護士が多数「お茶を飲まされ(当局の事情聴取を受け)」たり、当局に拘束され行方がわからなくなっている、という情報がネット上で流れていた。このような状況については、英ガーディアン紙や、AP通信などが詳しく報じている。
そうやって拘束された人々の中には、四川省出身の作家で政府に批判的な言論活動で知られる冉雲飛氏のように、「国家転覆罪」(劉暁波が受けた刑と同じ)という重罪で逮捕・起訴されるケースも含まれている。また、やはり四川で人権弁護士として活躍していた劉賢賦氏も「国家転覆罪」で懲役10年の判決を受けたということを、BBCなどが伝えている(このリンクは奥さんへのインタヴュー)
このほか、政府に迎合しない報道姿勢で知られる『南方周末』に時論を掲載していた評論家が「休暇」を与えられるという名目で事実上言論活動を封じられる、という報道もみられる。
また同時に、若者をターゲットにした「思想教育」も強化されているようだ。まず、名門・北京大学で「会商」と呼ばれる、勉強に身の入らない学生に対する「指導」が行われているということが報じられた。これは、ネット中毒や「過激な思想」のせいで勉強に身が入らず、成績が落ちてしまった学生のカウンセリングを行う、というのがその目的だが、この時期に行われるということは一連の言論規制の一環であると考えるのが自然だろう。鳳凰電視台の人気キャスター、閭丘露微もこの動きを伝えている。
そうかと思うと、河南省の鄭州市でBL系(男性間の同姓愛をテーマにした)小説を専門にアップするサイトが摘発され、同誌に投稿していた契約作家が次々拘束される、という某都知事が聞いたら泣いて喜びそうな問題も生じているようで、中国オタク文化に詳しい百元籠羊さんが詳しく紹介している。
以上のような一連の言論規制の強化については、アメリカ政府も憂慮を表明しているとRadio Free Asiaの中文版が伝えている。
このような一連の報道に関して、海外メディア、特にRFAなど特定の政治姿勢に立ったものに関しては、政府当局の言論統制について、その深刻さをやや誇張して報道するというバイアスが存在している可能性はもちろんあるだろう。ただ、今回はこれまでと違う当局の「本気さ」を感じずにおれない。
中国語の堪能な日本人twitterユーザーの中には中国人ユーザーと日常的に中国語でツイートのやり取りをする人々も少なくなかった。周知のように、震災後の原発事故の深刻化を受けて、中国において情報の不足から深刻な日本産の製品の忌避、風評被害が生じている。塩の買占めなどの現象を受けて中国政府はデマの拡散を戒める呼びかけを行っているが、上からの統制によっては市民の不安は沈静化されず、むしろいったん生じた思い込みはますます強化されていくのではないだろうか。その意味でも、この時期に日中のネチズン同士の対話のルートが中国政府の規制によって狭められている現状については憂慮を抱かざるを得ない。といってもとり立てて何かできるわけでもないので、とりあえず引き続き事態のなりゆきを見守っていきたい。
*1:中国版「ジャスミン革命」についてはフォーサイトのふるまいよしこ氏の論考を参照のこと