担当している「中国経済論」授業でちょうど台湾経済のところまできたのだけど、改めて考えると台湾の歴史や中台関係について、その背景がコンパクトに説明された映像作品というとありそうでない。かといって『悲情城市』を学生にいきなり見せるのは無茶だ。それで内田樹氏のようにとんでもない勘違いをされても困るし。
そんな中、先日NHK-BSで放送された過去の山形ドキュメンタリー映画祭上映作品シリーズの中の一つ、「緑の海平線〜台湾少年工の物語〜」は、第二次大戦末期に海軍少年工として日本で働いていた台湾人老人達へのインタヴューを中心に構成され地味な作品だが、戦前からの台湾と中国・日本との関係の複雑さが凝縮された佳作であり、上に書いたような意味での教材としても十分使えそうだ。
番組によると、1943年から44年にかけて、皇民化教育を受けた世代に当たる8千人ほどの台湾少年工たちが「お国のために働きながら勉強できる」という触れ込みにひかれて、憧れの日本にやってきたという。しかし、これはもともと戦局が悪化し、国内の労働力不足が深刻化する中で軍需産業における安価な労働力として台湾人少年に目がつけられたというのが実態で、最初の少年達が到着したときには「職場」であるはずの「海軍空C工廠」はまだ出来上がってもいない、というずさんなものだった。結局少年たちはろくな教育を受けられず、各地の軍需工場に派遣されてこき使われた。また、終戦間際の本土空襲では多くの少年工が命を落とした。
日本の敗戦後、占領軍の政策もあり、多くの元少年兵は台湾に帰ったが、勉強を続けるため日本に残ったり、あるいは共産党政権下の中国に渡った人もいて、そういった人たちは当然のように日本語および北京語でインタヴューに応えているのが印象的だ。ただ、どのような道を選んだとしても彼らには大変な苦労が待ち受けていたという点には変わりがない。それだけの辛酸をなめたにもかかわらず、元少年工達の口から日本人を恨む言葉が一切出てこないのが逆に深い印象を残す。
さて、実は最近の日本では戦後中華人民共和国に渡ってそこに住み続けた台湾人の半生を描いたノンフィクションが相次いで出版されている(下記参照)。ともすれば反日か親日か、独立派か否かといった視点で台湾と中国の問題を眺めがちな日本において、こういった人々の声が紹介されるのは重要なことだと思う*1。
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*1:ただし、上にあげたような著作で紹介されている「大陸に渡った台湾人」は、いずれも中国の対日工作部門で重用され、かなり恵まれた境遇にあった人々(文革の被害を受けたりしたとはいえ)であったことには注意を要する。「緑の海平線」に登場した林文瑞さんの経験は、必ずしもそのような恵まれた境遇になかった台湾人が大陸でどのような経験をしたか、ということに関する貴重な証言となっている。林さんは「皇国少年」として海軍工廠で働いていた経験のゆえに疑いの目で見られ、遠く新疆に下放されてそこで日本語教師になったが、改革開放後訪日したことをきっかけに中国には戻らずビザが下りるのを待ってもう一度台湾の地を踏む。このような経験をした人々の声が少しづつ掘り起こされていくことを望みたい(13日付記)。