梶ピエールのブログ

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為替制度の自由化か政治介入の排除か

 最近発表された中国の金融政策に関する日銀のワーキングペーパー(以下、WP)が評判になっている(例えばこちらこちら)。

 このWPの分析によれば、現在中国政府が採用している金融政策レジームとは、(対ドル)為替レートの上昇圧力を緩和するために低金利を維持し、過熱の懸念がある国内の引き締めには主に窓口規制などの数量コントロールによって対応するという「政策割り当て」を行っているというものである。ただしこのような窓口規制を通じた引き締めでは、銀行貸出を通じたマネーサプライの上昇や設備投資の拡大はある程度抑えられるが、現在生じているような家計の旺盛な投資欲による株式市場の過熱を冷ますことはできない。なにより、「資金の効率的な配分」をゆがめてしまうことに対する配慮が全くなされていない。
 WPは、このようないかにも不恰好な政策割り当てが行われる元凶を実質上の固定相場性の採用に求めている。従って、中国政府としては今後為替相場の柔軟化を進めていくことを通じて、より「健全な」金融政策が採用できるようになることを目指すべきだ、という結論が導き出される。

 確かに分かりやすく優れた分析だが、ここではWPでは十分に触れられていない点をあえて論じておきたい。地方政府による金融市場への介入を初めとした政治経済学的な要因の存在がそれである。

 中国において国内の引き締めに窓口規制がもっぱら用いられるのは、確かにこのWPが主張するように金利が為替政策に縛られているいうこともあるが、それに加え現在までのところそれが最も有効な金融調節手段だから、という面も大きいように思われる。その背景には近年の銀行融資の拡大自体がかなりの程度金融機関に対する地方政府の介入を通じた政策的な要因によるものだということがある。このような政策的要因による銀行ローンの拡大は、ほとんど金利水準の影響を受けることがない。そのような状況が続く限り、金利を引き上げても銀行貸出は減少せず、最終的に「窓口規制」のような手段に頼らざるをえない可能性が高い。

 地方政府が地元金融機関への「介入権」に強くこだわるのは、それが地方政府の財政収入増加に直結するからである。80年代には国有銀行からのローンは直接地方の財政赤字の補填や赤字国有企業の救済に用いられた。現在はそれらの手法は禁じられているが、代わりに生じているのが不動産開発業者へ銀行融資を口利きすることによって土地開発を請け負わせ、生じた土地売買収益をそのまま政府の隠し金庫にしまう、というやり方である。このようないわば地方政府がそれぞれ勝手にシニョリッジを追求する、という現象は例えば今世紀初頭の軍閥政権による自前の通貨発行競争にまでさかのぼることが出来るものであり、ちょっとやそっとで解消されるとは思えない。

 このような地方政府による金融機関への介入体質が残る限り、たとえ為替レートの自由化が行われても、金利を国内景気の調整に割り当てることができるようになるメリットはかなり限定的にならざるをえない、と思われる。また、金融引き締めの手段としての金利引き上げは、言うまでもないが全国一律に行われる。しかし、このブログでも何度か述べたように中国国内の要素市場はそれほど統合されているわけではない。全国一律の金利引き上げは、沿海部には丁度よくても投資機会の少ない内陸部にとっては引き締めすぎとなるかもしれない。ちなみに「窓口規制」であれば、このような地域の経済状況に応じてさじ加減を変えることも可能となる。

 つまり、中国が冒頭にみたような非効率な政策割り当てを行わざるを得ない最大の元凶は、固定相場制の採用というよりはむしろ地方政府による地元金融機関への介入を初めとした国内金融市場の不備にあるのであり、政策当局者もそのことをよくわきまえているからこそ為替制度の柔軟化には極めて慎重にならざるを得ないのだと考えられる。

 もちろん、WPも説くように自由化と効率的な市場の形成は「卵と鶏」の関係にあり、金融市場の大胆な対外開放自体がこのような地方政府と地場系金融機関の癒着体質を解体する起爆剤として働く、という可能性は大いにある。ただそれには既存の金融システムの大幅な解体・再編が不可避である。いずれはそのような「ビッグ・バン」が行われるのだとしても、いつそれを行うかを判断することはとても難しい。ブラックストーンへの出資で大きな話題となった外貨運用会社の設立は明らかにそのための時間稼ぎである。人民銀行を初めとした政策当局者は、恐らくあらゆる可能性を計算に入れながらタイミングを慎重に測っているのであろう。