梶ピエールのブログ

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10年前とは何が違うのか


 ご存知のように、中国の預金・貸出金利および預金準備率の引き下げが発表された。今回の一連の金融緩和および財政出動のポリシーミックスは、1998年のアジア金融危機後の対応にそっくりだという声もあるが、じっくり比較してみるとむしろ差異のほうが大きいように思える。危機の深刻さは今回のほうがはるかに上かもしれないが、その反面、政府の対応のほうもはるかに適切になっているという印象を受ける。

 まず、政策レジーム転換までの素早さが、かつてとは比べ物にならないほど改善している。アジア危機の打撃が明らかになった1998年当時には、ザ・清算主義とも言うべき政策スタンスの朱鎔基が3月に首相に就任したことなどもあって、年初には明らかに景気後退に陥っていることが顕著であったのに、実際は1998年の8月になるまで拡張的な財政政策への転換は見送られた。
 預金・貸出金利のほうはかなり引き下げられたが、不況への懸念から貨幣需要が上昇するなかで、中央銀行による市中への流動性供給は十分ではなかった。たとえばベースマネーの発行残高は1998年から1999年に比べて前年度比でマイナスを記録した。その少し前にはベースマネーは年率20%で伸びていたので、急激な落ち込みだといってよい。
 このように市中における流動性の供給が不十分なままに固定金利だけが引き下げられると、貨幣に対する過剰需要が生じるため、不均衡を調整するためにデフレが生じ、名目金利の低下を打ち消してしまう。実際、同時期においてCPIは対前年比で3%ほど下落している。したがって、名目金利が引き下げられたということだけをもってこの時期の金融政策は緩和的であったとするのは誤りである。

 それに対し、今回のケースではまず中央銀行債の発行残高の減少や国債レポ市場での公開市場操作などを通じて、市中への流動性の十分な供給が行われていた。このために、固定金利の引き下げが行われる前に、図に示されたようにインターバンク金利や国債利回りなどがすでにじりじりと下がっていた。このようにアジア金融危機当時に比べて、政策当局の公開市場操作のための手段ははるかに豊富になっている上に、為替の変動幅も増加している。これらのことを考えれば、10年前のように、中国経済がまたデフレに陥るリスクはかなり低いとみてよいのではないだろうか。