梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

お仕事のお知らせ/いま中国経済に何が起きており、これからどうなるのか

1月11日(月)発売の、『週刊東洋経済』1月16日号のコラム「中国動態」に「元の国際化とデフレ脱却究極の選択迫られる中国」という記事を寄稿しました。
 中国が「一帯一路」と「人民元の国際化」を同時に推進し、人民元建ての海外投資を潤滑に行うためには、対外資本取引の自由化を進めると同時に、人民元の対ドル減価を抑える必要性があります。そのことが、為替市場への介入によって金融政策の自由度が縛られ、経済のデフレ傾向をなかなか脱却できない状況を生むという、一種の「トリレンマ」状態に陥っているのではないか、ということを指摘しました。

  さて、今年に入ってからも株式市場で二度の大きな下落が繰り返され、導入されたばかりのサーキットブレーカー制度が撤回されると同時に為替市場も元安に歯止めがかからないなど、昨年夏に引き続いて中国経済の変調が世界経済に大きな影響を与えています。これについてはサーキットブレーカーの制度設計ミスやPKOの売買制限の期限が1月初旬に設定されていたための投げ売りなど様々な要因が指摘されています。しかし、私は基本的には上の記事でも指摘したように、元の対ドルレート下落を食い止めるために、通貨当局がデフレ傾向を持つ市場介入を行っていることが最大の元凶だと考えています。

 こう書くと、「年末から持続的な元安傾向が続いているではないか、これは輸出を拡大し、景気刺激効果を持つはずだ」という反応が返ってくるかもしれません。これについては、6年ほど前に書いた以下のこのブログの記事が参考になりそうです。ただし、その当時は現在とは全く逆で、為替は元高基調にありましたが。

クルーグマンvs. 中国人エコノミスト(+オレ)

 2006年の夏から2008年の夏にかけて、元が対ドルレートで緩やかに増価していた時期に、米中の間で実質金利の乖離が生じているという点である。このことをどう解釈するか、以下、ケイブス=フランケル=ジョーンズによるテキスト、『国際経済学入門II 国際マクロ経済学編』、第27章の記述をもとにして整理してみよう。

新古典派的な価格伸縮性の仮定の下で、購買力平価仮説(PPP)が成立しているとき、
S=P/P^*   
が成り立つ。(Sは長期名目為替レート、pは中国の物価、p*はアメリカの物価、以下同じ)

ところで、中国とアメリカの貨幣需要関数を以下のように定義する。

M/P=L(i,Y)
M^*/P^* =L^*(i^*,Y^*)  (iは名目金利、YはGDP、Mは貨幣供給、Lは貨幣需要

これらを変形してPPPの式に代入すると、

S=\frac{M/L(i,Y)}{M^*/L^*(i^*,Y^*)}=\frac{M/M^* }{L(i,Y)/L^*(i^*,Y^*)}

貨幣需要GDPに比例すると仮定し、また名目為替レートの水準は米中両国の名目金利格差によって影響を受けると仮定すると、

S=\frac{M/M^*}{Y/Y^*}a(i-i^*)

ここでカバーなし金利平価 i-i^*=\Delta s^eが成立しているとすると(\Delta s^eは元の期待減価率)、上の式は

S =\frac{M/M^*}{Y/Y^*}a(\Delta s^e )

と書きかえられる。この式から、元-ドルレートは元の期待減価率が低下した時、ドルの元に対する相対的供給量が上昇した時、そして中国GDP の相対的規模が上昇した時に上昇することになる。
 もし今、元の増価が期待されているにもかかわらず、政府介入などにより元の実際の増価が抑えられている場合はどうなるか。これは上の式において、\Delta s^eの低下に見合うほど、Sが低下しない、という状況に相当する。ここで米中両国のGDPの値が潜在GDPに達しており、一定だとすると、両辺が等しくなるためにはM/M*、すなわち中国国内におけるマネーサプライが相対的に上昇する必要がある。すなわち、元の増価期待が非常に高まっている(例えば年10%)状態のもとで、それより低い(年5%)程度の小刻みな元高政策をとったとすると、それは金融引き締め効果を持つどころか、むしろアメリカからの資金の流入を促し、国内のインフレ圧力をますます加速させてしまうのである。これが、元高が持続的に生じた2006年後半以降2008年夏までの時期にまさに生じたことであった。この時期、元はドルに対して年数%切り上がり続けたが、同時に中国のインフレ率はアメリカのそれを数%一貫して上回っていたのである。

 この状況を避けるためには、小刻みな調整ではなく、増価期待に見合うだけの切り上げを一気に行って後は適宜フロートさせるというのが合理的なのかもしれない。しかし、その場合の輸出産業に与えるショック、およびドル資産の資産価値の低下による資産デフレ効果がどの程度になるか、ちょっと予想がつかず、このやり方はかなりリスクが大きいと言わざるを得ない。

 前半の理論モデルはともかくとして、後半部分は次のように書き換えれば、中国経済の現状分析にそのまま使えるかと思います。

 元の減価が期待されているにもかかわらず、政府介入などにより市場の元の下落が抑えられている場合はどうなるか。これは上の式において、\Delta s^eの上昇に見合うほど、Sが上昇しない、という状況に相当する。ここで米中両国のGDPの値が潜在GDPに達しており、一定だとすると、両辺が等しくなるためにはM/M*、すなわち中国国内におけるマネーサプライが相対的に下落する必要がある。すなわち、元の減価期待が非常に高まっている(例えば年10%)状態のもとで、それより低い(年5%)程度の小刻みな元安に誘導しようとすると、それは金融緩和・景気拡大効果を持つどころか、むしろ海外への資金の流出を促し、国内のデフレ傾向をますます強めてしまうのである。

この状況を避けるためには、小刻みな調整ではなく、減価期待に見合うだけの切り下げを一気に行って後は為替をフロートさせるというのが合理的なのかもしれない。

 もちろん、昨年8月の状況を思えばこのような大幅な切り下げを行うことは世界市場に大きなインパクトを与え、人民元への信認も下がるため国際化の歩みも遅れるでしょう。それでも、今後のFRBによる追加的な利上げが避けられないと考えられる以上、それを行う以外に「ドルの足枷」による慢性的なデフレ傾向に歯止めをかける方策はないように思います。その決断ができなかった場合、恐らく中国経済の中長期的な経済停滞は避けられないものになるでしょう。