梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

中国と「ドルの罠」

http://www.voxeu.org/index.php?q=node/3551より。

 この論説の著者、Domingo CavalloとJoaquin Cottani(わたしはどちらも知らんかったが)によれば、中国などの新興国保有するドル資産価値の下落リスクを避けるために為替介入を行い、結果としてさらに外貨準備を溜め込んで過剰流動性を生じさせている問題(「ドル・トラップ」問題)について、今のところ有力な二つの立場があるという。

 1つ目の立場は、4月に行われたG20で中国政府により提案された(主要な論者は周小川・人民銀行行長ならびに余永定・社会科学院世界経済政治研究所所長)、新興(債権)国が外貨準備をドル建てからSDF建てに切り換えることにより「ドルの罠」から逃れようというもので、フレッド・バーグステンなどが支持を表明している。具体的には、IMF改革を通じてSDR建ての債券を発行できるようにし、現在債権国が保有しているドル資産とのスワップを行う。この一連の改革によって新興(債権)国は「ドルの罠」から解き放たれ、世界経済は過剰流動性の危険からも逃れることができる、と周小川氏らは主張している。VOXの論説ではなぜか触れられていないが、これはスティグリッツが『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』などでかねてから主張していた案に非常に近いものである*1

 2つ目の立場は、クルーグマンの見解に代表される「べナイン・ネグレクト」ともいうべき冷ややかなものである。クルーグマンNYTのコラムで、そもそもこのような状況はこれまで中国が柔軟な為替制度を採ってこなかったことから生じたものであり、いわば中国の自業自得である、と突き放した上で、中国政府は外貨準備をドル建てから他の通貨建てにスワップしようとしても資産価値の下落の恐れからそれができないジレンマに陥っており、結果として大したことは何もできないだろう、と述べている。

 CavalloとCottaniは、中国政府案の問題点として、アメリカ政府など利害関係国との意見調整を行わなければならず、その実現に時間がかかる、現状ではSDRの構成バスケットにはドルが大きな比重を占めると考えられるので、結果としてドルが減価すればSDR立ての資産も減価してしまい、あまり代わり映えしないのではないか、などの点を指摘している。
 また、より重要な点として、もし中国が外貨準備をドル資産からSDR資産に切り替えようとすると、他の主要国は自国通貨がドルに対し増価するのを避けようとして一斉に為替介入もしくは金融緩和政策を採ると予想されるため、その結果やはりグローバルな過剰流動性が生じてしまう可能性があることを指摘している。


 また、クルーグマンに代表される「べナイン・ネグレクト」論は、アメリカが不況脱出のため、財政赤字を大幅に増やす結果、ドルの大幅な減価が生じることを事実上容認するものであると思われる(早くからこのようなドルの大幅下落の必要性を主張していたのはむしろRogoffであるが)。しかしクルーグマンらは、アメリカがそのような「べナイン・ネグレクト」を続けることにより懸念されるグローバルな過剰流動性の問題を過小評価しているのではないか、とCavalloとCottaniは指摘している。

 そこで彼らが代替的手段として提案しているのが、アメリカ政府による物価スライド式のドル建て債券の発行である。中国などの債権国が手持ちのアメリカ国債を物価スライド式のものにスワップすることを通じて、SDR建て債券へのスワップよりもはるかに簡単にアメリカ政府の財政規律に一定の規範をはめることができ、グローバルな過剰流動性の問題を防ぐことができる、というのがCavalloとCottaniの主張である。

 彼らの議論をどう評価するかはともかく、日本が不況脱出にもたついている間に世界は着々と、中国をメインアクターとする形で「危機後」の国際通貨秩序のありかたについて真剣に議論し始めているようだ。

*1:また、中国政府のIMF改革の構想については以下の津上俊哉氏の解説が詳しい。http://www.tsugami-workshop.jp/blog/index.php?year=2005&month=6&categ=