梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

正義はハダカにあり

 それは、1週間ほど前の雨の日のキャンパスでのことだった。これまでこのブログで天気の話をしたことはなかったけど、今年の北カリフォルニアはなんでも気象観測史上始まって以来の天候の悪さで、特に4月に入ってから先々週くらいまでは毎日のように雨が降り、非常に肌寒い日々が続いていた。4月といえばすでに夏時間も始まり、例年ならとっくに陽光燦爛な日々が続いていてもおかしくない頃だというのに。
 というわけでこのブログのデザインのイメージだが、変更するのも面倒なのでずっとこのままにしていたのだが、はっきりいってこの4-5ヶ月ほどのバークレー周辺のふいんきには全く合っていませんでした(実際に何人かの方から抗議をいただきました)。いまさらながらどうもすみません。

 …それはともかく、その日もどしゃ降りに近い雨で、傘を差しながらキャンパス内のステューデントユニオン(大学生協のようなところ)を歩いていたところ、なにかスローガンのようなものを叫びながらアジビラ(死語?)のようなものを配っている学生の団体に出くわした。もちろんこれ自体はなんら珍しいことではなく、その前日も丁度移民法厳格化反対のデモに出くわしたところだったので、ああまたやってる、こんな雨の中ご苦労さんだなあ・・と思ってふとビラを配っているねーちゃんの声がするほうに目をやって、一瞬目が点になってしまった。


 ・・服を着てないのだ。


 さすがに雨だったのでレインコートは着ていたもの、それはスケスケなんてもんじゃなく透明なビニール製で、その下は集合住宅に入っているピンクチラシみたいに乳首のところだけ星型に切り抜いた紙を貼り付けて隠して(?)いるだけであとは全部丸見え。後のメンバーもみんな服を着てなかったが、彼(女)らはデカデカとスローガンを書いたダンボールの中に入って体を隠していた。このパフォーマンスに加わっているのは10人前後で、確か全員白人だったように思う。まあそういうスタイルなら日本でも毛皮を着ることへの抗議行動とかで見たこと(テレビでだが)はあるけど、あのレインコートのねーちゃんはさすがにインパクトあったなあ。

 で、その時はとにかく突然のことだったのでびっくらこいてしまい、遠めにチラッと様子を見るだけでビラももらわずに立ち去ってしまったので、彼(女)らがそもそも一体何を主張しそんな格好をしているのかわからなかったのだが、彼(女)らの体を覆っているダンボールに書かれた'Naked for Justice' というスローガンだけは頭にこびりついていた。「正義のための裸?」移民法への抗議か?それにしてはあまりにやり方が奇抜すぎるし、人数も少なすぎるしなあ・・というわけでその正体は結局わからずじまいだった。

 が、今日になって何気なくグレゴリー・マンキュー(!)のブログをのぞいていて、偶然にもその謎が解けたのだった。

 エントリで紹介されている11日付の地元紙San Francisco Chronicleの記事によれば、要するに18名ほどのUCバークレーの学生が、カリフォルニア大のキャラクターロゴの入ったアパレル製品が'sweat shop'、つまり途上国での低賃金労働によって生産されていることに抗議するデモを行っていたところ、不法侵入などの疑いで警察に一時拘束された、ということらしい。そして11日とは僕があのデモを目撃した日に他ならない。というわけで、どう考えても拘束されたのはあの日デモをやっていた学生達としか考えられないのだ。

 結局、'Naked for Justice'というのは、こういった途上国での低賃金労働に抗議する運動('sweatfree campaigns' )の一環として、バークレーをはじめhttp://www.duluthsuperior.com/mld/duluthsuperior/news/nation/13994211.htmカリフォルニア大の各キャンパスでこれまでにもたびたび行われてきたパフォーマンスらしい。


 記事にははっきりとは書かれていないが、推測するにどうも彼(女)らはあれから裸のままキャンパスの外に出て、警官が注意しても服を着て解散しようとしなかったためにタイーホされた、といったところではないだろうか。ちなみに僕が英語のレッスンを受けている先生の話では、もちろんカリフォルニアでも街中で裸になるのは日本の公然わいせつ罪のような微罪にあたるのだが、バークレーの場合こういう裸でのデモ行為は昔からたびたび行われていて、キャンパスの中でだけなら警察も大目にみている、ということらしい。しかし自分で選んで来ておいて言うのもなんだが、一体どういう大学なんだ。

 というわけで、この運動については背景をよく知らないので現時点では論評を差し控えるけど、率直な感想を述べるなら問題になっているのがアパレルの生産だからといって服を着ないで抗議するというのはいささか発想が貧困なのではないかと・・・
 最後に、マンキュー先生のブログで引用されていた、6年前のNYTに載ったニコラス・クリストフシェリル・ウーダン夫妻による記事を孫引きしておこう。

アジアの労働者達は、自分達が作っている玩具や服に対してアメリカの消費者が抗議のボイコットをしていると知ったら仰天するだろう。最も貧しいアジアの人々を助ける最も単純な手段はそういったスエットショップで作られた商品をより多く買うことであって、それらをできるだけ買わないようにすることではないのだ・・

 そこで行われる労働が悲惨なものであるのは事実だとしても、少なくともスエットショップは、途上国にとって最も大きな問題である貧困から抜け出すための最も貴重な手段を提供してくれる。例えばインドのような国は過去50年間にわたって、海外からの搾取に抗おうとしてきた。それに対し、出発時点ではインドと同程度の経済レベルだった国々ー台湾や韓国ーはスエットショップの存在を経済発展の代価として受け入れてきた。現時点からみれば、どちらのやり方が勝っていたのかは明らかである。台湾や韓国は幼児死亡率が低く、教育率の高い近代的な国である。これに対して、インドでは主に下痢などの貧困から来る疾患によって、毎年310万人の子供が5歳にならないうちに死亡しているのだ。