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外務省が出している外交専門誌『外交』のVol.57に、綿野恵太さんの『「差別はいけない」とみんないうけれど。』のブックレヴューを寄稿しています。

外交 Vol.57 特集:混迷深まる北東アジア

外交 Vol.57 特集:混迷深まる北東アジア

「差別はいけない」とみんないうけれど。

「差別はいけない」とみんないうけれど。

以下、その後半部分を引用します。

 さて、2019年9月現在、香港で「逃亡者条例」への批判に端を発した大規模なデモ、および若者たちによる過激な抗議活動および警官隊との激しい対立が続いている。現在のところ解決の糸口は見つかっていない。筆者は、この香港をめぐる問題にも、本書が説くようなアイデンティティ・ポリティクスとシチズンシップとの矛盾が影を落としている、と考えている。
 いうまでもなく、香港市民のデモや政府への抗議活動は市民の自由な活動が奪われることへの反発から行われたものだ。この意味では香港の運動は普遍性を重視するリベラリズムに立脚するものであり、言論の自由に代表される普遍的な価値にコミットする国際社会の市民もこれを支持すべきだ、ということになる。
 しかし、実際に大規模なデモや、激しい抗議運動の凝集力となっているのは、明らかに香港市民による、中国本土の人びとに対するアイデンティティ・ポリティクスである。このため、過激な行動に走る若者たちの言動はしばしば本土の人びとに対して差別的なものとなり、市街のいたるところにはヘイトスピーチと表現するしかない、つまりシチズンシップとは決して相容れないような落書きがあふれることになる。
 本書の指摘を踏まえるならば、リベラリズムとデモクラシーの間に存在する根本的な矛盾に、何とか折り合いをつけるような解決策を見出さない限り、現在の香港をめぐる混乱を終息させることは難しいのではないだろうか。本書は、そのような厳しい現実に向き合うための思考のツールを提供してくれる好著である。