梶ピエールのブログ

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イギリス帝国とアジア、日本

イギリス帝国の歴史 (中公新書)

イギリス帝国の歴史 (中公新書)

 グローバルヒストリーの成果を一般読者向けに説いた良書が目立つようになっている。羽田正著『新しい世界史へ――地球市民のための構想 (岩波新書)』が文字通りの入門編だとしたら、近代イギリス帝国の成立が世界史に与えたインパクトを、アジアにおける各国史の成果をふんだんに取り入れながら整理した本書はその各論編といったところか。

 本書の詳細な内容については山下ゆさんがまとまりのよいブログ記事を書かれているので、そちらを参照のこと。
http://blog.livedoor.jp/yamasitayu/archives/51987700.html

 僕自身の関心で言うと、以前に書いた以下のブログ記事の内容がが直接関連しているかと思います。 
http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20041209/p2
http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20060128/p1

 以下、後者の記事より引用。

僕のあやしい理解では、従属論・世界システム論は、確かにイギリスの工業化において植民地・半植民地との関係を重視しているものの、両者はあくまでも支配と従属、搾取と被搾取の関係にあることが強調される。つまり、アジアを含む植民地・半植民地は、本国にとっての安価な第一次産品の供給地の位置に留めおかれ、本国の工業資本にとって潜在的な脅威となる現地の工業化は結局のところ抑圧される、という理解が標準的だったのではないだろうか。一方、比較経済史学派の「資本賃労働関係の成立、中産的生産者層、国民経済」を重視する立場からも、前近代的な統治システムの残滓が根強く残り、「国民経済」の形成が遅れ、ブルジョワジーも近代的市民社会も育っていないアジアは、基本的に工業化のための基盤が存在しない、と結論付けるのが(一時期まで)支配的だったように思える。

 つまりイギリス本国の工業化のメカニズムの理解に関しては、従属論・世界システム論は確かに比較経済史学派と一線を画していたものの、アジア(を含む第三世界)を基本的に「停滞・非搾取・自立性の欠如(従属)」として捉えるという点では、むしろ両者は一致している、とはいえないだろうか。

 この点、ケイン=ホプキンスの「ジェントルマン資本主義」論の画期的だったところは、イギリス帝国主義の担い手とされるジェントルマン=シティに代表される金融資本が、アジアの自立的な工業化とは利害対立関係になく、むしろ共存関係にあることを示したことにある(むろんそれだけではないだろうが)のではないだろうか。つまり、イギリス帝国主義は、その「周縁」地域に対し必ずしも剥き出しの権力行使を行うのではなく、軍事面では現地軍の再編を通じた「安価な支配」を行い、また経済面ではその資金力と情報収集力に根ざした、「(金本位制などの)ゲームのルール」の策定者となることで、あくまでも「構造的権力(ソフト・パワー?)」を行使し、そこから利益を引き出そうとした。このようなイギリス帝国主義の周縁地域への関わり方は、域内の秩序形成を自前では行えない東アジア諸国にとっても、工業化のための「公共財」の供給という点で一定のメリットを持つものだった。

 ・・このような「ジェントルマン資本主義」論の理論構成は、ちょうど同じ時期に注目を集めるようになった浜下武志、杉原薫といった人たちによるアジア域内貿易圏の研究、あるいはポメランツなどによる数量史的なアジア経済史研究、といった動きと抜群に「相性のいい」ものだった。また東アジア諸国の急速な経済発展という現実の動きともあいまって、イギリス帝国主義研究とアジア工業化・交易圏の研究、および域内での「ネットワーク」を重視する華人経済史研究などにおける相互の交流が急速に進んできている、というのが近年の流れだと思う。

補足するなら、1930年代以降の満州事変以降の大陸侵略を契機とした日本の帝国主義的展開は、産業面においてもそれまでむしろ補完的関係にあったイギリス帝国との対抗・緊張関係を強めていく。1935年の幣制改革の成功はその流れを決定づけた象徴的な出来事であった。独自の経済圏を築いてイギリス帝国=ポンド・スターリング経済圏に対抗するという帝国主義的野心を、折から国内に巻き起こった「汎アジア主義」がイデオロギー面から補完していく。このあたりの日本帝国主義のグローバルな展開については、なんといっても以下の本が詳しくて面白い・・のだけど、分厚くて高いので一般読者にはまず手が出ないと思うので、是非松浦先生にはこのテーマでの新書の執筆をお願いします!

「大東亜戦争」はなぜ起きたのか―汎アジア主義の政治経済史―

「大東亜戦争」はなぜ起きたのか―汎アジア主義の政治経済史―