先日、仕事で上海に出かけた際に、劉伝江ほか著『中国第二代農民工研究』(山東人民出版会)という本を見かけて購入した。いわゆる「第二世代の農民工」の意識や行動に関する、大規模なアンケート調査に基づいた包括的な研究書で、とても有益な内容だったので、簡単に内容を紹介しておきたい。
ここでいう「第二世代の農民工」とは、具体的には1980年代以降に生まれた一人っ子世代を指し、富士康で自殺が相次いだのも、まさにこの世代の若年労働者であった。 実際、事件の背景に「新世代(第二世代)の農民工」の意識の変化について考える必要があるのではないかという社会学者方の指摘もなされている(http://policy.caing.com/2010-05-28/100148097.html)。
いわゆる「農民工」については、日本ではこれまで「農村からの出稼ぎ労働者」という説明がなされてきた。しかし同書によれば、第二世代の農民工は、自分はいつか農村に戻るものだ、という意識をもはや持っていない。第一世代の農民工が、自己の生活というより家族の生活や教育水準を向上させることが出稼ぎの大きな動機になっていたのに対し、第二世代はむしろ自己の能力や技術の向上といったキャリアアップ、そして「農業はもうやりたくない」といった理由が大きなものを占めている。
彼(女)自身は、むしろ農業従事の経験は少ない。また、彼(女)らは、第一世代よりも学歴が高く、携帯電話やインターネットが生活必需品であり、都市生活の情報に通じて消費への強い欲求を持っているとされる。さらには、権利意識が強く、賃金の絶対水準だけではなく、他の労働者との相対的な待遇の違いに敏感に反応するのも、この世代の特徴である。
しかし、その一方で、中国の都市においては戸籍制度に代表される農村出身者への身分的な待遇差別はいまだに強く残っている。親の世代に比べ学歴は上がったといえ、その多くは社会的階層を登っていくのに必要とされる専門的な知識や技能を身につけてはいない。このような状況で、第二世代の農民工は「農民でもなければ(都)市民でもない」存在として、自らのアイデンティティを「内巻化(involution)」させてきたのだ、と同書は述べている*1。富士康での事件は、このようにして中国社会で第二世代の農民工に対する関心が高まりつつある最中に起きたため、社会的反響がより大きなものになったという側面があると思う。
第二世代の農民工に関しては、日本でもここ数年レスリー・チャン著『現代中国女工哀史』(白水社)や阿古智子著『貧者を喰らう国』(新潮社)など、その実態を取材した優れたノンフィクションがいくつか出版されている。われわれの消費生活がこういった世代の労働に支えられている以上、どういう人々がiPadやiPhoneを作っているのか、この機会に知っておくのは悪くないだろう。
- 作者: レスリー・T.チャン,Leslie T. Chang,栗原泉
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 2010/02/01
- メディア: 単行本
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- 作者: 阿古智子
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2009/09/26
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