梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

戸籍改革における「噛み合わせ」の重要性

 NHKBSドキュメンタリーWAVEの番組「1億人が漂流する〜中国・都市大改造の波紋〜」の再放送をビデオでみた。
 先日四川省の農村と地方都市の都市化に着いて調査をしてきたところなので、非常に興味深かった。番組では河南省鄭州市における農民工に居住証を与える代わりにスラムから追い出して再開発を行うという改革を扱っていた。農民工にとっては、居住証を手に入れることは社会保障や教育などの権利を手にする一歩になるが、同時に保険料の負担も大きくなるのであえて居住証を取らない者も多い、という状況を番組は描いていた。

 番組を見ながら、僕はこれは農民工の送り出しを行う地域と、受け入れを行う地域の改革が噛み合わないために生じている現象だな、と思った。どういうことか。農民と都市住民の間の社会保障や住宅に関する差別をなくすための戸籍改革は、四川省の農村のような農民工の送り出し地域でも同様に行われている。そして農民工にとっては、政府から与えられた土地の請負権さえ手放していなければ、たとえ出稼ぎで遠くに住んでいても生まれ故郷の村、あるいは村を開発した町で都市住民と同じ社会サービスを受ける権利を有している。
 しかし、都市住民になったときに得られる権利や生活の条件は、地域ごとの経済状況によって大きく異なる。鄭州のような大都市で戸籍を得ても、高い家賃と社会保障で苦しみながら狭いマンションで暮らしていかなければならないのに対し、故郷に帰ればもっと豪華なマンションに住めて、土地の権利も手放さず、悠々自適で暮らせるかも知れないのだ。少なくとも、生まれ故郷の改革の状況がどうなるのか、状況を見極めなければ出稼ぎ先で戸籍を取得するのはリスクが大きすぎる、ということになる。さらには、現在の中国の社会保障、特に年金制度は地域ごとの経済状況の違いの大きさから、いまだポータビリティがない。だから大都市で戸籍を取った後に後悔してやっぱり故郷に帰ることにしたとしても、大都市で払いこんだ年金保険料は掛け捨てになる可能性が高い。
 かといって慌てて故郷に帰ってしまえば、せっかく得ている大都市での高賃金就業の機会をみすみす失うことになる。要は、どこの戸籍をとるか、といった重大な決定を取るには、今後の改革の進展に関する状況が不確実すぎるのだ。農民工の少なくない部分がスラム(城中村)を立ち退かされ、ホームレス同然の暮らしになっても居住証の申請をしようとしないのはそのためである。しかし、僕が四川省で聞き取りをしてきたところによれば、農村での戸籍改革を進めるにはまず土地の権利関係を確定する作業が必要であり、それにはあと数年の時間が必要だという。

 確かに、現在行われている戸籍改革は方向性としては正しい動きである。しかし、それが本当に正しく機能するかどうかは、ある特定の地域や制度だけを見ていてもダメで、地域間や制度間の「かみ合わせ」を見ていく必要があるのだということを、今回の調査と番組を反芻しながら思ったのだった。