梶ピエールのブログ

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新左派の経済観

 最近参照することの多いアメリカの経済学系ブログEconomists Viewで、中国の新左派を代表する論客である汪暉(Wang Hui)氏の主張が紹介されている(元の記事はNYTに掲載)。
http://economistsview.typepad.com/economistsview/2006/10/chinas_new_left.html

 NYTからの引用とはいえ、こういう経済学系ブログで新左派の議論について言及されることは珍しい。汪暉氏の論説は既に日本でも多数紹介されている(ASIN:4000234242)が、この記事は彼(ら)の市場経済および経済政策に関する考え方を手っ取り早く知るには手ごろかもしれない。
 彼の立場は基本的には反グローバリズム、反市場主義グローバリズムと市場主義的リベラリズムを批判するものとしてまとめられるだろう。したがって近年の中国政府・共産党が進めてきた私営企業家の入党を認め「階級政党」からの離脱を図る路線や、国有企業の民営化には反対の立場をとるが、共産党政権そのものに異を唱えているのではないので、反体制派ではない。むしろ、行き過ぎた地方分権が格差を拡大させたとして中央集権の強化による再分配路線を唱えている。この点、’New Left’という英語から受けるイメージとは大分ギャップがある。
 市場主義的改革に異を唱える根拠として彼は現在の内陸部の農民の窮乏、特に近年多発している地方権力による土地の強制収用問題、農村からの出稼ぎ労働者の低賃金労働の実態、などをあげている。彼によれば、市場経済化がやがて社会の民主化や人々の豊かさをもたらすという考え方には根拠がない。市場主義的改革は一握りのエリートへの「権」と「銭」の集中をもたらしただけで、国内の経済格差は開く一方である。また近年本格化してきた国有企業改革は、それまで保障されていた都市住民の社会福祉まで破壊しようとしている。知識人たちは、国家・政府に対して、その建国以来の農民・労働者にたいする「果たされざる約束」を思い出させるように声をあげるべきである・・

 汪氏は、天安門事件当時の民主化運動にかかわったため、政府当局による「再教育プログラム」のため一時期内陸部の陝西に「下放」されていた経験を持つ。その際目の当たりにした農民達の生活のあまりの貧しさに衝撃を受けたことが、現在の激しい市場経済批判のきっかけになっていると言う。
 その意味で、彼の議論が現代中国のある側面を見据えたものになっているのは確かだが、その主張はこの記事を読む限り、結局「社会主義の基本精神に帰ろう」というものでしかなく、決してこれからの中国社会に新たな展望を切り開くものではないように思えることは指摘しておかねばならない。
 記事によれば、汪氏ら新左派の論客達は、現在の胡錦濤温家宝による「和階社会」路線、特に「三農問題」への注目や、教育・社会保障制度の見直しなどの諸政策を支持しているということである。しかし、「和階社会」路線による再分配政策の実行には、何よりも高度の経済成長を持続することが必要である。したがって今後胡=温路線がいかに「格差是正」をうたおうとも、グローバリズム市場経済自体に敵対的な政策を採用することはありえない。その「矛盾」を、新左派の論客達は、どのように受け止めていくつもりだろうか。