梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

最適通貨圏と財政的再分配政策−日中比較−(どこがカリフォルニア日記やねん、というツッコミはなしで)

http://bewaad.com/20050918.html#p01

 日本の現実に関する記述を中国の文脈に置き換えて考えたほうがよく理解できるというのもわれながらどうかと思うが、自分的には以下の文章を「円」→「元」、「都市」→「沿海部」に、「地方」→「内陸部」に置き換えてみると非常にわかりやすかったもので。

翻ってわが国は円貨単一通貨制ですが、国内の取引においては「都市」はもっと「円高」で、「地方」はもっと「円安」であるのが均衡水準です。「地方円」が「都市円」に比してもっと安い水準であれば、例えば1都市円=2地方円であるなら、「都市」が支払う財やサービス(農産物や電力など)の対価は「地方」の「地方円」ベースでの名目所得を今の2倍に引き上げますし、また、「地方」の労働単価等は「都市円」実質値で半額となるので、「地方」への生産拠点シフト等が進み、これまた「地方」の所得を引き上げます。

日本国内の財政政策による資源配分(多くの人がイメージする公共投資よりも地方交付税交付金の役割が大きいのですが)は内国通貨を円で統一していること、先の例を再利用するなら「地方」に1都市円=1地方円という「地方円高政策」を強制していることの代償です。その総量や内容において見直しの余地はあるかもしれませんが、この資源配分の存在そのものを否定するというなら、それは日本は最適通貨圏ではないということに他なりません。つまり、地方分権により通貨発行権を与え、適正な「地方円」レートの設定を許さない限り、「都市」は「地方」を搾取しているといわれても仕方がないということになってしまうのです。

 ここから導かれる含意は、もし今後の中国において段階的な元高政策(あるいは市場による元高傾向の黙認)が採られた場合、財政を通じた適切な再配分政策が行われるのでなければそれは即「沿海部による内陸部の(さらなる)搾取政策」を意味する、ということである。そして、「西部大開発」などの目立つスローガンにもかかわらず、内陸部への十分な財政的資源移転はこれまでも決してなされてこなかったし今後もそれがなされる可能性は低いといわざるを得ない、というのが現時点での僕の判断である。
 そのように判断する根拠については、ある専門誌に近日発表予定の論文に書いたので、ネットで読めるようになったらまた紹介します。

参考: id:kaikaji:20050415、id:kaikaji:20050827