梶ピエールのブログ

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{中国]Red Hot Chongqing-Pepper!

 中国のことをよく知らない友人に、中国で最もクールな都市はどこか?と聞かれたら、あなたはどう答えるだろうか。多くの人は上海か、中にはハルピンと答える人もいるかもしれない。でも、もしあなたが最もホットな都市はどこか?と聞かれたのなら、そのときは迷うことなく重慶(Chongqing)の名をあげよう!
 そう、重慶は中国の中でも最も辛い(ホットな)食べ物である、火鍋を初めとした、辛さで知られる四川料理の本場だ。また、典型的な内陸の盆地型気候である重慶は夏の熱気がこもりやすく、南京、武漢とならんで、昔から「中国三大ストーブ(火炉)」とも呼ばれてきた。

 だが、重慶が今ホットなのはそれだけではない。重慶市のトップ、共産党市委員会初期の薄熙来は、中共八大元老の1人、薄一波・元国務院副総理の次男であり、典型的な「太子党(二世政治家)」だが、2007年11月に重慶市党委書記の就任以来、様々な独自の政策を実施し、中国国内にとどまらず、海外のジャーナリストや専門家からも注目を集めているからなのだ。
 薄熙来の行った政策(パフォーマンス)の中で、最も有名なのが、マフィア撲滅、革命歌教育運動(「打黒唱赤」)の推進だろう。特に後者は、その見た目の派手さも手伝って、このところ多くのメディアが取り上げるようになった。というのも、この紅歌斉唱運動が、あまりに「左傾している」「文革当時みたいだ」として、中国国内でも批判的にとらえる論者が多く、政治的権力闘争の火種一つにさえなっている、といわれているからだ。
この点について、詳しくは、「明天更美好」さんによるブログ記事から引用しよう。
http://kinbricksnow.com/archives/51705572.html

市内の学校では、「必ず教え、歌わなければならない歌」として27曲の「革命歌」が指定されています。さらに『毛沢東語録』の語句を携帯ショートメールで市民に送信するなどの活動も実施されています。これらの活動は右派、左派共に大きな反響を呼んでおり、賛成者は「薄熙来精神万歳」と賞賛する一方、反対者は「文革の遺物だ」と反発しているのです。

しかし薄熙来書記のこのような行き過ぎたやり方に、温家宝総理はついに苦言を呈しました。4日付朝日新聞によれば、温家宝は4月23日に全国人民代表大会の元香港区代表の呉康民氏と会見。その際、「中国には現在2つの勢力がある。封建社会の遺物と文革の負の残滓だ」と述べたのです。

温家宝総理は薄熙来書記を名指しで批判したわけではありませんが、ここでいう「文革の負の残滓」が薄熙来書記の「打鄢唱红」活動であることは明らかでしょう。ここからも、温家宝総理は薄熙来書記ら太子党とは距離を置く立場にいることが分かります。

 だが、重慶が熱い注目を集めている理由として、日本のメディアではそれほど注目されていない点がもう一つある。それは、「農村−都市一体化」の実施を初めとする、社会政策の実験都市としての側面である。

 津上俊哉氏による近著『岐路に立つ中国―超大国を待つ7つの壁』は、参考になる記述の多い好著だが、その中でやはりこの「農村−都市一体化」に関する重慶市の取り組みにも触れられていた。これは、簡単に言うと、都市における土地不足、そこから生じる安価な住宅の供給不足という問題と、都市―農村の二元構造、特に社会保障面での不平等化を同時に解決するというものだ。

 具体的には、農村戸籍を持つ人々に対し、都市住民と同じ社会保障の権利を与える代わりに、それまで農民に対して無条件に与えられていた土地(を耕作する権利)を手放させ、その土地資源ならびにその開発益を通じて農村・都市の双方をカバーする安価な住宅の供給源にしよう、という発想である。重慶市は、このような「重慶モデル」の実施を通じて、今後3年間で3000〜4000万平米の廉価な住宅を建設し、数百万人におよぶ土地なし農民の住宅問題を解決する、という目標を掲げているという。

 また重慶市では、すでに数年前から、男性50歳以上、女性以上40歳の農民から土地を収用する際、政府による土地収用の補償金の一部を保険会社に基金として積み立てさせ、それを原資として、毎月の生活保障を支払う、というスキームが採用されていた。このような農地の非農業転用に伴う利益を、土地を失う農民への社会保障や安価な住宅建設の原資にしようという「重慶モデル」は、開発が進む内陸都市における農民の生活不安を和らげ、都市住民との格差意識を抑えるものとして広い注目を集めていた。市場原理の導入による格差の拡大に警鐘を鳴らしていた左派経済学者の郎咸平も、重慶モデルを高く評価していたと記憶する。

 さらに注目される最近の動きとして、今年の1月に個人所有の住宅保有に対する不動産税の課税が、全国に先駆けて重慶市上海市で導入されることになったことがあげられる。「不動産税」自体はこれまでも中国の税制の中に存在していたが、その課税対象は営業目的の物件に限定されていた。それに対して、住宅資産の保有が主な課税の対象とされる今回の制度導入は、現在政府にとって喫緊の課題とされている都市住宅価格の高騰を抑えるための手段という側面がある。しかし、それが不動産市場価格の高騰が著しい上海だけでなく、内陸部の重慶においても同時に導入されたことの意味について、改めて考えておく必要があるだろう。

 もともと、中国の不動産に関する税制については、徴収される税の種類は多いものの、その複雑さ、体系性のなさ、そして徴収効率の低さが指摘されてきた。このような混乱した不動産税制が、「融資プラットフォーム」に代表されるような、地方政府による土地市場への介入を通じた一種のレント(利権)追求行為が蔓延する温床となってきた。このため、不動産に関する税制を一元化し、地方政府によるレント獲得行動や、そのことによって生じる不動産価格の高騰に歯止めをかけることを目的とし、より包括的な不動産税の導入の是非が議論されてきたという経緯がある。

 しかしそのことは、政府が最終的には土地制度に関する農村−都市の二元構造にメスを入れざるを得ないことを意味する。恐らくここに、今回不動産税導入のモデル地区として上海と重慶という二つの地域が選ばれたことの理由がある。例えば上海は、全国でも最も農村の都市化が進んだ地域として、農村−都市の制度の一元化が最もやりやすい地域といってよい。そして一方の重慶は、すでに述べたように、薄熙来のもとで「重慶モデル」といわれる、農村-都市一体化に関する独自の政策を実施してきた都市だからである。

 今年になっての不動産税の導入に関しても、重慶の方式は、上海の制度に比べて高級住宅や二件目のマンション所有に対する税率が高く、不動産業者に対して高級住宅の供給を抑制し、低価格住宅の供給を促進するという一種の社会政策の意味合いを持っていた。このような、富裕層の資産所有への課税を通じた低価格住宅の供給増加という政策目標は、上述のような農地の非農業転用の促進を通じた、農民への「シビル・ミニマム」の供給という、「重慶モデル」の実施と基本的に同じ方向性を持つものだと考えてよいであろう。
 また、重慶市は昨年10月に公表された第12期五カ年計画でも、市内のジニ係数に関し具体的な数値をあげてその水準を超えないようにする目標を掲げるなど、格差縮小に関して明確な姿勢を打ち出している。

 問題は、このような、「農村−都市問題の解決」という、現代中国の最も難しい問題に切り込む、一種の社会実験が重慶市で行われていること、その政策を推進しているのが、一部で「文革の再来だ」として批判を受けている太子党の大物政治家であること、さらには温家宝もその批判者の中に加わっているらしいということ・・・これらのことを一体どのように整理して理解すればよいのか、ということだ。現在の重慶が「中国で最もホットな都市」であるというのも、あながち言葉遊びだけではないことが、少しは納得してもらえただろうか。

 いずれにしても、薄熙来を単なる時代錯誤でパフォーマンス好きな太子党の政治家だと思っていたのでは、今後の中国社会の大きな変動を見誤ることになるだろう。かつて中国が市場経済路線に大きく舵を取る際にも、当時四川省のトップだった趙紫陽が地元で行っていた政策が全国で採用され、大きな流れを形作っていたように、中国では地方の指導者が実験的に行った政策が全国レベルの変化をもたらすということが、しばしばみられてきた。現在薄熙来重慶で行っている一種の社会実験も、最終的に成功するかどうかはまだわからないものの、最終的に全国レベルの政策に影響を及ぼす可能性のある、スケールの大きなものの一つだと考えられるからだ。