梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

チョコレートの経済学

 よい子のみなさん、2月14日は何の日か知っていますか?

 そう、大事な人にフェアトレードのチョコレートを贈って児童労働反対の運動に巻き込むための日なのです!

 ・・バレンタインデーに児童労働の問題を考えることが果たして適当かどうかはさておき、フェアトレード運動について理解する上で、最近出たこの本は間違いなく良い本だ。特に十分経済学の素養がある人こそ、騙されたと思ってこの本を手に取ってほしいと思う。

フェアトレード 倫理的な消費が経済を変える

フェアトレード 倫理的な消費が経済を変える

 覚えている人もいるかもしれないけど、以前このブログで、かなり粘着的にコーヒーを中心としたフェアトレードの問題について連続してエントリを書いたことがあった。

まっとうなフェアトレードの経済学
フェアトレード運動のジレンマと意義
世界のコーヒーの生産量はなぜ減らないのか。
さらにしつこくフェアトレードについて語る(上)。
さらにしつこくフェアトレードについて語る(中)。
さらにしつこくフェアトレードについて語る(下)。
新春もフェアトレード。

 それまでフェアトレードについてはほとんど無知だったのだが、自分なりに考えたり調べるうちに、以下の点を確認することができた。

・世界価格の動向や気候に大きく左右されがちな輸出作物(代表的なのはコーヒ、カカオ、バナナ)について直接生産者と長期的な契約を行い、最低価格を保証するフェアトレードは、これらの作物の世界市場における価格が大きく低下した時の保険機能、あるいは「ワークフェア(公共事業などによる雇用創出)」と同じ機能を提供するものとして有効である。
・ただし、生産者の価格は、他の作物への転作や、工業労働への転出を妨げるほど高すぎてはいけない。
フェアトレード商品の市場シェアが限定的なものであり、また、生産者が典型的な小農の「ハウスホールド・モデル」に従う限り、最低価格保証制度によって作物の供給が増えることはない。
・ただし、消費者がフェアトレード商品に支払うプレミアムのうち、生産者に支払われる部分はそれほど多くはないかもしれない。
・また、目的が異なるラべリング(貧困救済というより、コーヒー自体の付加価値を高めようとするラべリングなど)との競合問題が生じる可能性がある。

 驚いたことに、この本では僕が上にまとめたことがほぼそのまま、より簡潔な形にまとめられている(ただし、小規模農家の生産行動の分析については、僕の上の記事の説明の方が丁寧で分かりやすい)。

 本書が高く評価できるのは、途上国の農村経済が置かれている現実の認識から出発し、そのための数多い処方箋の中の一つとして位置付けている点である。だから、開発経済学の実践としても非常に勉強になる、本来、フェアトレードマイクロクレジットや政府の農村開発や国際援助などと排他的なものではなく、それらと複合的に組み合わせてこそ意味があるのだ。

 W.イースタリーは、『傲慢な援助』の中で、援助の実際に行う際の「サーチャー」の「プランナー」に対する優位性を、援助国と途上国の現実との間のフィードバックの有無に求めている。反スウェットショップ(あるいはフリーチベットを掲げた)のボイコットとか、地産地消とか、フードマイルズといった、最近注目を浴びている「倫理的な消費」を求める行動は、残念ながらそのほとんどが途上国の生産者とのフィードバックを欠いたものである。これらの運動はいずれも途上国の生産者と先進国の消費者の関係を断ち切る方向に向かうものだからだ。それに対してフェアトレードは何よりも両者の間の良好なフィードバックを指向するものなのだから、これらの行動よりも優位にあるのは明らかである。

 もちろん、現行のフェアトレードは様々な問題を抱えているし、本書の著者たちはそのことを率直に認めている(だからこそ、フィードバックが働いていることが重要になる)。しかし、例えば途上国農村における社会保険の提供や、生産者が直面する「情報の非対称性」の解消を、現地政府だけに任せていたのでは極めて不十分な結果しか得られないことは、P.コリアーの指摘を待つまでもなく自明であろう。その意味では、むしろ市場への政府介入に懐疑的な人々こそ、もっとこの方法に関心を持ってもよいのではないだろうか。