梶ピエールのブログ

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中央銀行の独立性について―スティグリッツ先生に聞いてみよう

スティグリッツ教授の経済教室―グローバル経済のトピックスを読み解く

スティグリッツ教授の経済教室―グローバル経済のトピックスを読み解く

同書71-73ページより。

 中央銀行は政府からの独立性を保ち、物価の安定だけに傾注するべきだという主張は、「経済改革」というスローガンの中核になっている。政策についての他の多くの金言と同じく、この主張も何度も繰り返されるうちに、いつの間にか広く信じられるようになっている。しかし、根拠のない断定は、それが中央銀行によるものでも、調査や分析の代わりにはなりえない。

 調査が示唆しているのは、中央銀行は物価の安定に専念したほうがインフレをうまく抑制できるということだ。しかし、インフレの抑制はそれ自体が目的ではない。それは、より高くかつ安定した成長を、より低い失業率で達成するための手段にすぎないのである。
 より高くかつ安定した成長とより低い失業率―この実質変数こそが重要なのである。独立性を保ち、物価の安定だけに傾注している中央銀行の方がこれらの肝心な点で優れた実績を上げているという証拠はほとんどないのである。

インフレ抑制に専念するというのは、長年インフレが続いている国にとっては理にかなった策だとしても、日本のようにそうでない国の場合は賢明な策ではない。

 今日、ヨーロッパの成長が衰えているのは、ECB(欧州中央銀行)がインフレだけに取り組むものとされていて、景気回復を促す措置に乗り出せないからだ。
 こうした仕組みから利益を受けるテクノクラートや市場参加者(高度の専門知識を持った官僚など)は、この仕組みの素晴らしさと、金融政策を政治を超越したところに置かれるべき専門的事項として扱う必要を説いて、多くの国に見事にそれを納得させてきた。

 中央銀行が行っていることが、例えば決済用のコンピューターソフトの選定だけというのであれば、彼らの主張は正しいかもしれない。しかし、中央銀行は、経済成長率や失業率を初めとして社会のあらゆる側面に影響を及ぼす決定を下しているのである。これらの側面の間にはいくつものトレードオフの関係があるため、これらの決定は政治プロセスの一環としてしか下すことはできない。

 言うまでもないことだが、以上はブッシュ政権下による愚かな戦争の遂行や止まらない格差の拡大を痛烈に批判し、IMFなどによる途上国に対するアメリカン・スタンダードの押し付けを排し、公正な世界貿易の実現を唱える、アメリカの経済学界の中でももっとも「左」「リベラル」に位置している人物により主張されているものである。
 このスティグリッツの言説と、日本の「リベラル勢力」を標榜する政党による主張との落差はいったいなんであろうか。