梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

スティグリッツの中国経済論

http://dicenews.cocolog-nifty.com/2075/2006/03/post_07ce.html
http://dicenews.cocolog-nifty.com/2075/2006/03/u_9b44.html

 ↑こちらで『中国青年報』『新京報』に掲載されたスティグリッツの北京での講演の模様が紹介されているが、僕の愛読する『財経』3月20日号にもスティグリッツが寄稿(?)した論考が載っている。
http://caijing.hexun.com/text.aspx?sl=2319&id=1571039
で、多分この中では『財経』に掲載されたものが一番長文だし、一番スティグリッツの意図を正確に反映しているのではないかと思う。

 上記の記事のうち、『新京報』のほうはともかく、『中国青年報』の方の記事ではスティグリッツが「小さな政府」を批判し、政府の機能の重要性を説き、知的財産権の強化に関する問題点を指摘する、という「新自由主義的改革」に批判的な言説のみがとりあげられ、強調されている嫌いがある。また『中国青年報』の記事を転載している「網易新聞中心」で、秦暉(やや左派よりの論客)による、政府の機能に関する左派と新自由主義派との論争のまとめの記事が合わせて引用されているのも、一定の編集意図がうかがえる。
 しかし、『財経』の記事を読んでみると、確かにスティグリッツは上記のような政府の機能の重要性や再分配の必要性についても説いているが、一方で政府のレントシーキング行動の制限の必要性など、「市場保全的な」制度の確立についても訴えていることには注意を要する。
 以下、そういった箇所をとりあえず訳出してみる。

 制度改革の要点:
中国の「第11次五カ年計画」では、市場経済に制度的な保障を与えるサービスの確立が政府の主要な責任の一つであることが意識されている。世界中のあちこちで、そういった制度の確立が不十分であるために各種のスキャンダルが引き起こされている。中国に関して最も重要なのは、コーポレートガバナンスの問題を処理するための強力な法律の制定である。アメリカの証券取引委員会、およびイギリスの金融サービス機構はこの方面に関する規定を設けているが、まだ不十分である。

 激しい市場競争の下では、企業の得ることができる厚生は限られているが、企業は独占状態を造りだし、あるいは参入障壁を設けて競争を緩和することによって利潤を増やすことが可能である。このことは、積極的で常に警戒を怠らないような反トラスト機関を創設することについての理由付けを与える。また、競争を妨げるような行為は多くの場合地方において発生するので、中央だけではなく、地方政府のヒエラルキーにおいてもこのような(競争促進的な)権力機構を設けることは重要である。
 政策の執行に関する問題は制度改革の鍵である。中国は大国であり、中央が公布する政策は必ず地方において実行されなければならないが、そのためにはより多くのインセンティヴシステムが必要になるかもしれない。例えば、中央政府は地方政府に対し条件に応じて財政的な補助金に差をつけることでインセンティヴを与えることができる。

 市場経済への道を歩むにしたがって、中国は他の国家が経験しているのと問題に直面するかもしれない。すなわち、利益集団市場経済に与える影響に関する問題である。
 企業の影響力や財産が増加する時、それらの企業は政治過程を利用し、より多くの資源を得ようと努力する。またそれらの企業は、自分達にとって必要なことは国家にとってもメリットをもたらしうる、ということをなんとかして示そうとする。企業は仕事の機会の減少を問題にし、もし政府が自分達の要求通りにしなければ別の地域に移転してしまいますよ、あるいは雇用が減りますよ、などといって政府を脅したりする。
 企業はこのようにして、国家の定めた環境保全基準や、安全基準などをいい加減にしか守らなくなる。経済学に対する理解が不十分にしかいきわたっていないために、こういった企業の利己的な言動が常に横行したり、あるいは政府の利益に反するような企業の行為が隠蔽されたりする。

 ただ、全体的にスティグリッツは「市場保全的」な制度の確立を訴えてはいるが、「小さな政府」には一貫して批判的なので、その主張がいわゆる「新自由主義」とは大きく異なることは明らかである。このような論考が『財経』に載るのは興味深いが、とりあえずビッグネームだから、ということで深い意味はないのかもしれない。