梶ピエールのブログ

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旧ソ連の民族問題とロシア

強権と不安の超大国・ロシア   旧ソ連諸国から見た「光と影」 (光文社新書)

強権と不安の超大国・ロシア 旧ソ連諸国から見た「光と影」 (光文社新書)

 この本はタイトルがいかにも時代のニーズに応えました、といった感じなので、あまり期待せずに手に取ったのだが、複雑な旧ソ連の民族問題を切り口にしながら現在のプーチン政権の強権体質の本質に迫る、という姿勢が斬新で、最後まで一気に読んでしまった。
 
 まず、著者の廣瀬さんがかなり面白い人物だ。専門が旧ソ連コーカサスアゼルバイジャンアルメニアグルジアなど)を対象にした地域研究という大変マニアックな(失礼!)分野である上に、旧ソ連の人々に村上春樹を読んでいないことを咎められたり、「ザ・ピーナッツ」を知らなかったり(ということは「モスラ」も知らないのだろう)、というエピソードがあるのでよほど浮世離れした人かと思えば、次のようなことが軽妙な筆致でさらっと書かれていたりする。

コーカサスの人々は、昼間からお酒を飲んだくれてしまう。(中略)そして、バスに戻ってくると、泥酔しているため、著者に(主にロシア語で)「日本の女の子〜」などといいながら抱きついてくる輩がたくさん現れて、終始突き飛ばす必要があり、本当に落ち着いていられない。

 ただ、研究対象が対象なだけに、「命の危険があるので(アゼルバイジャンのような独裁国家の)政権について正直に書くのはやめたほうがいい」と脅かされたこともあるほか、実際に何度も危ない目に会った経験が淡々と語られていて、読んでいるこっちの方がひやひやするのだが、廣瀬さんは「恐怖により言論が弾圧される状況を容認することはできない」と敢然と答えていて、実にかっこいい。

 例えば最近注目を集めたコソボの独立問題などを見る限り、あくまでも民族自決の原理を尊重するEU対いまだに「帝国」の幻想にとらわれるロシア、という単純な見方をしてしまいがちだが、それははっきり誤りだということが本書の記述からもうかがえるる。比較的有名なアゼルバイジャンのナゴルノ=カラバフ共和国を含め、反ロシアの傾向が強い周辺国内の民族対立を背景にしたいわゆる「未承認国家」群に対しては、ロシア政府はむしろ明確に民族自決による独立を支援する立場をとっているからである。

 やや単純化すると、ソ連時代には、政府はまだしも対立する民族のどちらか一方が圧倒的に優勢になることがないよう、それなりに気をつけて諸民族間の利害の調整を行っていたのが、ロシアになってからはただただ自国の利益をむき出しにして介入を行うようになった、ということらしい。この辺の記述は、これまでにも何度か引用した塩川伸明さんの指摘とも符合する。

 どうも、ロシア周辺国の中に、ソ連時代を懐かしむ人々がいまだに絶えないのもそれなりの理由があってのことらしい。ビョークのように'Declare Independence'することによって全てがうまくいけばいいのだが、現実はそう簡単でもないようだ。