基本的に日本経済については静観する方針なので、ゼロ金利政策解除についてもこれまで特に触れなかった(というかわざわざ自分が付け加えることはないように思えた)のだが、前の量的緩和政策緩和の時id:kaikaji:20060309#p1にも少し触れたスティグリッツ=グリーンワルドの『新しい金融論』ISBN:4130402099 に、金利の引き上げが銀行貸出に与える影響についてまとめられているので、ちょっと紹介してみる。
若干説明しておくと、S&Gのモデルでは貸出のほかにリスクのない金融資産としてTB(政府短期証券)を保有することができると仮定されており、預金金利はTB金利と同じ(銀行間に完全競争が存在するとき)かあるいはゼロ(規制のため競争が完全な時)、そして貸出金利は銀行と企業のそれぞれのリスク選好を反映する形で預金金利を上回る水準に決まってくるとされる。以下の文章(邦訳175ページ)で「金利」とあるのはTB金利のことを指す。
金利の上昇は貸出の需要だけではなくその供給にも、次のようなチャネルによる資産価値への効果を通じて影響を及ぼすことになる。そのチャネルとは、
(1)銀行のポートフォリオで保有されている長期債務型金融商品の価値に対する直接的影響、
(2)企業の短期借入に基づく債権者への支払いが増加するため、倒産確率が上昇する結果として生じる貸出価値の減少、
(3)借り手の純資産の減少と利払い増加によって借り手の行動が変化するため、倒産確率が上昇する結果として生じる貸出価値の減少、
(4)個々の借り手の資産状態についての情報が不完全なために生じる、銀行の既存ポートフォリオの不確実性の増大、そして、
(5)新規の貸出に伴うリスクの増大、である。
注:改行は筆者
言うまでもなく、従来の標準的なIS−LM分析では金利の上昇は債券と貨幣間の代替効果(によるLM曲線のシフト)を通じて実体経済に影響を与えるとされる。しかし、S&Gではそのような金融資産間の代替効果よりも、銀行・企業の資産価値の低下を通じたリスク選好の変化(資産効果)や、企業のデフォルト確率の変化といった経路を通じた信用量の収縮を重視しているのが特徴である。この場合、代替効果だけならあまり問題にならないようなわずかな幅の金利引き上げでも、貸出に大きな影響を及ぼす可能性が指摘されている。
たとえば、インフレ率と同じだけの名目金利の引き上げが行われた場合、実質金利は変化しないため、従来のIS−LM分析では経済に与える影響はゼロである。しかし、S&Gのフレームワークでは、名目金利の上昇に伴って、銀行や企業が長期で保有している固定金利の債券の資産価値が減少するため、その資産効果を通じてリスク選好が変化(貸し手・借り手共によりリスク回避的になる)し、貸出の減少が生じるとされる。要するに、たとえ実質金利が変化しないような場合でも、名目金利の上昇は経済にとって引き締め的に働く可能性が高いのである。
・・このようなS&Gが想定しているメカニズムが現在あるいは将来の日本経済の分析に当たってどれだけ有効なのかはわからない(あまり有効であっても困るような気もするし)が、以前にも触れたように日本の金融政策を論じる際にS&Gのフレームワークを参照した議論があまり見当たらないことと、この本のレジュメを順次公開すると言っていながら結局果たせなかった贖罪の意識をこめて、その議論をちょっとだけ紹介してみました。