梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

牛肉拉麺の経済学

 8月の北京はまだ暑い。また、話には聞いていたがタクシーが非常につかまりにくい。仕方がないので炎天下の中うろうろしているうちに怪我の功名というのか、気がついたことがいくつかある。

 今回はもっぱら大学の図書館などで調べ物をしているので、昼は学食で麺などを食べて済ますことが多い。中国の大都市では軒並み、食料品を中心にした物価の上昇が伝えられているが、学食の麺類は3−5元の価格帯で、さすがにほとんど変化がないなあ、と思って頼んだ担担麺に目をやると・・
 本来入っているべき肉が入っていない!好物なので本場の四川省をはじめとしていろんなところで担担麺を食べてきたけど、肉がまったく入っていないものが堂々と出てきたのはこれが初めてだ。街中の安食堂で隣の人が担担麺を食べているのを注意してみたときもやはり肉は入っていなかったので、もしかしたら北京では安食堂で担担麺を頼むと肉が入っていないというのがもはやデフォルトになりつつあるのかもしれない。
 もちろん、これは昨今の肉類の価格高騰を反映したものだ。北京に留学している後輩の院生に確認したところ、他の学食のメニューについても、値段こそ上がっていない代わりに最近は入っている肉の量が目立って少なくなっているとのことだった。もちろんある一定のグレード以上のレストランではそんなことはないだろうけど。

 さて、そこで思い出すのが以前に取り上げた蘭州市の牛肉拉麺をめぐる「論争」である。
http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20070715
 最初話を聞いたときには、こういった価格統制をしても超過需要が発生し市場が混乱するだけのでまったくナンセンスな政策だと思った。しかし・・

 一杯の牛肉拉麺を2.5元に固定すべし、という政府の通達が出たとき、拉麺屋としてはどのような販売戦略をとるのが最適となるだろうか。恐らく、価格は据え置きつつも肉の量を著しく減らした「牛肉拉麺」を提供することで通達を守っていることにし、それでは満足できない客のために肉の量はそのままでコスト上昇分を価格に上乗せしたものを「高級牛肉拉麺」とでも名づけて提供するのがその「解」となるのではないだろうか。北京の担担麺のケースをみても、たとえ「牛肉拉麺」にほとんど牛肉が入っていなくても低所得者層は我慢してそれを食べるだろうし、市政府も、麺の価格までは監督できても、入っている肉の量まではチェックできないだろうからである。

 ここで注意したいのは、このような一種の価格差別化戦略は、別に市政府の通達などがなくても拉麺屋にとっては最適の行動となる可能性が高いということである。問題は、顧客によって麺に対する需要の価格弾力性が大きく異なっている状況の下で原材料の高騰が生じた、というところにあるからだ。
 こうしてみると、蘭州市政府の苦し紛れの通達も、「市場を混乱させる価格統制」というものではなく、何もしなくても恐らく同じ結果が得られたという意味でそれほど実害のない「単なるおせっかい」だと考えたほうがいいのかもしれない。まあ、いずれにしても田舎の役人がマヌケなことをやっている印象がぬぐえない点では同じだけど。