梶ピエールのブログ

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不確実性の確認から縮減へ:切込隊長の中国経済本についてのメモ

 さて今父親がこちらに遊びに来ており、毎日観光に連れまわらなければならないので、なかなかネットに興じるのもままならないわけですが。

 頼んで持ってきてもらった山本一郎『俺様国家”中国の大経済』文春新書ISBN:4166604694観光バスの中で読む。うーん、はっきり言っていろいろツッコミどころがあるかも。特に、経済統計の問題については先日の16.8%上方修正の件もあり、一応プロパーとしてのまとまった見解を示しておく必要を感じている。それも含めて細かいツッコミはまた改めてということにして、ここでは全体についての大まかな感想をば。

 この本における切込隊長の中国・中国経済に対するスタンスは、次の二点に要約されるだろう。
1.中国とは、統計の信用性の問題を含め、とにかく不確実性の高い(デタラメな)国家(経済)である。
2.日本(政府・企業・消費者)は、このような中国(経済)のデタラメぶりをよく認識した上で、日本にとって最悪の事態を常に想定し、その場合にこうむる被害を最小限に抑えるように行動すべきである(=マックスミニ戦略)。

 僕自身は必ずしもそういった主張をするつもりはないが、これだけ中国(経済)のプレゼンスが急速に高まっている以上、それに対する警戒論が出てくることはむしろ当然だと思っている。そのように、中国(経済)をあくまでも警戒の対象としてみるべきだという立場からすれば、中国に対して楽観的な見方をして裏切られるリスクを避けようとする切込隊長の戦略は、極めて理にかなったものに思えるかもしれない。中国が不確実性の高い国家だということ自体にはほとんど異論の余地はなさそうだからだ。
 ただ、上記の戦略にはある一つの重要なリスクに関する考慮が欠けていると思う。それは一言で言えば「中国(経済)を悲観的に見積もりすぎることによるリスク」である。これはなにも中国(政府・企業)の立場からみたリスクのことを言っているわけではない。実際以上にリスクを高く見積もって中国投資を控えるとしたら企業にとってはビジネスチャンスを逃すことになるだろうし、政府が必要以上に中国の軍備を脅威とみなすとしたらそれは余分な防衛・外交コストをもたらす、といったあくまでも日本(政府・企業・消費者)にとってのリスク・コストのことを問題にしている。日本の国益を考えた最適なリスク管理を行うならば、このような楽観論・悲観論双方のリスクをにらんだ上で意思決定するべきだ、というのは自明の理であると思われる。そのような最適なリスク管理にとって必要な態度は、単にすでに指摘されている不確実性の確認をすることだけではなく、何とかして不確実性の度合いを引き下げる努力をすることだろう。
 ここでの「不確実性の縮減」とは、必ずしも中国の実態についてのより確実な情報を提供するということに限られない。例えば、いかに専門家であろうと中国のGDP統計に関するより正確な数字をはじき出すことは難しい。しかし、その不確実性に関する情報−なぜ、特にどの統計が不正確なのか、問題は技術的なものかそれとも政治的なものか、実際に統計の制度をあげるためどのような試みが行われているのか−を明らかにすることによって、「不確実性」そのものの確実性を上げることは可能である。中国(経済)に関して盛んに発言している学者やウォッチャーについて、誰が言っていることが相対的に信用できるか、ということに関する根拠ある判断基準を提供することもそのような不確実性の縮減の一つである。

 そういった観点で切込隊長の本を改めて読むと、確かに中国の不確実性に関するさまざまな情報がよく集められており、その「確認」をするためには役立つ本だといえるが、独自の調査や考察によって「不確実性」そのもののを縮減する試みがそこで行われているとはとても言えないという印象を受ける。繰り返しになるが、僕がこの本に批判的なのはこの本が中国(経済)を警戒すべし、と呼びかけているからではない。中国(経済)を警戒すべき対象だと考えるならなおさら、まずその対象に対する不確実性の縮減にこそ第一に取り組むべきだと思うからである。中国研究者としての「職業倫理」というものがあるとしたら、あらゆる手段をつかってそういった「不確実の縮減」にとりくむこと以外にはありえないだろう、と個人的には考えている。