梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

岩井克人『会社はだれのものか』ISBN:4582832709

 たしかにとてもわかりやすいし思考を整理するにはいい本だと思うのだが、次のようないくつかの疑問が。

 まず、「会社の統合・買収が成功するかどうかは、それによっていかに人的資本が有効に活用されるか、という点で決まるのだよ」というのは、もともとグロスマン、ハート、ムーアといったゲーム理論家の仕事によって明らかにされてきたことではないだろうか(ハートらの議論に関しては柳川範之『契約と組織の経済学』ISBN:4492312722 にわかりやすいまとめがある)。

 また、本書の会社理論のネタ元としてはシュンペーターしかあげられていないが、現代の法人企業(株式会社)における資本所有構造(モノとしての側面)と資産所有構造(ヒトとしての側面)という二重性、およびそこから生じる(資本主義)社会の不安定性、という問題は、例えばヴェブレンが『企業の理論』などでいち早く指摘していたことではなかっただろうか。

 また、ヒックスは、『経済学の思考法』『貨幣と市場経済』などの著作の中で、株式会社にとって設備投資とは(単に機械を購入するだけものであっても)本質的にリスクの高いものであり、そのことがマクロ経済の不安定性をもたらしている、という点について詳しい議論を行っている(ヒックスの議論についてはHickianさんのブログhttp://econ.cocolog-nifty.com/irregular_economist/を参照のこと)。岩井氏は本書の中で、産業資本主義の時代はおカネさえ調達できれば、投資の決定自体はさほど難しい問題ではなかったんだ、というような書き方をしているが、それは妥当だろうか。

 さらに、シュンペーターを含めこれらの経済学者は、基本的に産業資本主義の現実を前提としているはずだが、彼らの議論は岩井氏の言う「ポスト産業資本主義」の分析にも十分使えそうである。ということは、「ポスト産業資本主義」と「産業資本主義」の違いというのは岩井氏が強調するほど本質的なものではなく、結局程度の問題でしかない、ということにはならないだろうか。

 今はこれ以上突っ込んで考えている余裕がないので、とりあえずこれにて。

参考: http://blog.goo.ne.jp/hwj-tanaka/e/b98610dcf68f89a7021d6f59b430f82f