梶ピエールのブログ

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中国の石炭産業とGDP統計の謎

 26・27日と研究会合宿に参加(詳細はこちら)。アジア経済研究所の堀井伸浩さんの報告が面白かった。一般にエネルギー産業として石炭産業は「斜陽産業」として捉えられており、中国のような途上国の石炭への依存度の高さは産業構造の「遅れ」として捉えられることが多い。中国の場合でも石油などより効率的なエネルギーへの転換の必要性が叫ばれ、採算の合わない炭鉱の大幅閉鎖など整理・縮小する方向での産業政策が行われたこともあった(具体的には98-2001年)。しかし中国の場合特徴的なのはそのようにして一旦落ち込んだ石炭生産量・エネルギーの石炭依存率が、近年になって再び上昇する傾向を見せていることである。その背景には、中国の石炭産業においては、国有の大規模炭鉱と、中小規模の国有・民営の企業・発電所を主なユーザーとする農村の零細炭鉱との間に、価格・流通・市場における見事なまでの「すみわけ」が見られることが挙げられる。そして近年になっても依然として生産を増やし続けているのは、後者の農村零細炭鉱の方なのだ。
 実は、こういった中国の石炭産業に関する事実認識は、たびたび問題とされる中国のGDP統計の信頼性をめぐる議論に関しても興味深い材料を提供してくれる。


 数年前、著名な中国経済研究者のトーマス・ロースキーが、1998年から2000年までのエネルギー消費量がマイナス成長になっていることをもって同期間の公式統計によるGDP成長率は大幅に過大評価されている、と主張し、日本でもこれをめぐって 活発な議論が行われたことは記憶に新しい。普通、複雑な集計・推計を得て算出されるGDP統計よりも単純なエネルギー消費量統計の信頼性が高いことからこのような結論が出てくるわけだが、実はこの時期の中国のエネルギー(特に石炭)生産・消費に関する統計はGDP統計よりも信頼性が低く、実態を大幅に過小評価している可能性が高いことが専門家の間では知られている。
 その背景にはこの時期に上記で述べたような農村の零細炭鉱が「過剰生産で生産効率が低い」として一斉に強制的な閉鎖に追い込まれてしまったことがある。この結果、中国全体の石炭の生産量は30%近くまで落ち込んだ。しかし、そういった零細業者が生産する石炭を必要とするやはり零細な中小企業・発電所というのも確実に存在するわけで、そういった企業がどのようにして必要な石炭を確保したかというと、要するに表向きには閉鎖された零細炭鉱によるヤミ生産とヤミ流通による調達に頼ったわけである。かくして、この時期におけるエネルギー(石炭)生産量および消費量統計に関しては、公式統計と現実の数字の間には大きな乖離が生じることになった。ちなみに、2002年以降、中国の石炭市場は再び需要過剰に転じ、一旦大きく落ち込んだ農村の零細炭鉱による生産が再び急上昇し、それに伴って一時期見られたヤミ生産の横行によるエネルギー生産・消費量の公式統計と実態とのギャップも解消されることになった。・・以上が堀井さんの話を聞いてわかったことである。
 というわけで皮肉な話だが、中国のエネルギー統計に関する信頼性の低さを認識することが、逆にGDP成長率の信頼性の低さを強調する議論への有効な反論となっているわけである。中国に限らず途上国の経済統計の信頼性の低さは研究者にとって頭の痛い問題だが、長期的に統計を眺めたりいじったりしていると一定の癖のようなものが見えてくる。そういった経験に基づかないである一部のマクロ統計だけに注目してその信頼性の低さを強調し、ましてそこから中国経済崩壊の可能性を云々することは非常に危険である。
 ただ専門家としてはそういった自分たちではわかっている統計を見る際の注意点のようなものをできるだけ一般の人にもわかりやすい形でまとめて公表する責任はあると思う。というわけでいつかは、そういった作業に着手しようと思っているのだが・・誰か手伝ってくれる同業者の方はいませんか?