梶ピエールのブログ

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青木昌彦氏と日中経済の比較分析

 遅ればせながら、ご冥福をお祈りいたします。

『日経新聞』2015年7月17日の記事より

シリコンバレー=兼松雄一郎】米スタンフォード大学名誉教授で国際的な経済学者の青木昌彦(あおき・まさひこ)氏が15日、米カリフォルニア州パロアルトの病院で死去した。大学関係者が明らかにした。77歳だった。ゲーム理論を土台にした日本経済の比較制度分析で国際的な評価を受けた。年功序列や企業系列など日本独特の経済システムに対する海外での理解が進むきっかけを作り、日本人初のノーベル経済学賞の有力候補とされていた。

 青木氏とは直接お会いしたことはないのですが、昨年の5月頃、拙著『日本と中国「脱近代」の誘惑』の元になったウェブ連載を読んだ(與那覇潤さんが拙稿を紹介して下さったようです)、とメールをお送り頂いたことがありました。ちょうど、台湾のひまわり学生運動について論じた回で(拙著第4章)、60年代安保の学生運動と台湾の学生運動との対比から民主主義を論じているのが面白かった、と評価して下さいました。言うまでもなく、青木氏は60年代安保の学生運動で中心的な役割を果たしています。思うに、お元気でさえあれば、昨年以来の台湾・香港・そして日本の学生による政治運動について、いずれ何らかのまとまった発言をされることを考えておられたのではないでしょうか。

 メールではそれだけでなく、日本と中国の「近世」の社会構造についてゲーム理論を用いて比較分析する研究を進めているので、何か意見をもらえないだろうかということで下記のペーパーの日本語訳を送って頂きました。

Masahiko Aoki "Political-Economic Transitions from Pre-Modern to Modern States in the Meiji Restoration and Xinhai Revolution: A Strategic Approach"

ところが、大変情けないことに、私の能力のなさ故に「ぜひ勉強させて頂きます」といったまままともな返事をだせないまま約1年が経過してしまいました。そして今年5月、ゼミで件の論文を取り上げたのを機会に下記のような感想をお送りすると共に、ようやく拙著を出版できることになったので、一冊お送りしたいとお返事を差し上げたところ、療養中で不在であるという自動返信が帰ってきて、ご病気であることを知った、という次第です。
 またとない機会であったので、メールを頂いてからすぐに論文の感想をお送りすればよかったと、今になって悔やまれます。また、私のような無名の研究者の見解であっても自分にとって関心のある者であれば積極的に吸収しようとされる青木氏の研究姿勢に深い敬意を示すとともに、今後も自分なりに日中経済の比較分析の可能性を追求していくことで、お返事を差し上げられなかったお詫びに代えたいと思います。
 

青木昌彦先生

 大変ご無沙汰をしております。以前メールでご連絡頂いた神戸大学の梶谷です。以前貴重なペーパーをお送りいただいていたにも関わらず約一年間にわたりご連絡を差し上げず、大変失礼をいたしました。

 大変雑駁な感想で恐縮なのですが、準租税国家と小農経済の戦略的補完性によって清朝から民国の中国と徳川から明治期に日本の近代資本主義の歩みを峻別するという試みは大変興味深く拝読いたしました。

 特に国民政府期の中国が、中央集権的な近代化を志向し、「市場志向・民主主義志向」の外交政策、財政連邦主義、権威主義的軍事・産業政策、儒教に基づく市民生活の管理など「開発主義」的な政策を志向しながら、小農経済との戦略的補完関係を欠いていた(競争的レントの配分をうまく行えなかった)ため、「クズネッツ的工業化プロセス」に挫折してしまった、というというご指摘はわが意を得たりという気がいたしました。

 ただ、中国の場合明清期においても「小農経済」といいうる範囲が長江下流域に限られますので、ほぼ全国的に小農経済が発展した徳川日本とはことなり、そもそも国家が小農経済と戦略的補完性をもつような政策を行う契機は非常に限定的であったような気がいたします。この点、すなわち地域的に限定的なものであった小農経済の中国全土への影響をやや過大に解釈しているのではないか、といった感想はポメランツやアリギ、あるいはビン・ウォンなどの著作においても感じたことです。この点に関して対照的な見方をしているのがフィリップ・ホアンであり、より古くはマーク・エルヴィンということになろうかと思います。

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