梶ピエールのブログ

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原洋之介先生の訃報に接して

 すでに学会のウェブサイトなどでアナウンスされていますが、日本のアジア経済研究を長年リードして来られた原洋之介先生が4月3日に逝去されました。
GRIPS政策研究院の方のお話では、直前までお仕事をされていたとのことですので、突然の訃報と言ってよいかと思います。

www.jaas.or.jp

 私は大学院のころから原先生の著作には大きな影響を受けているのですが、お会いしたのは2019年の暮れに政策研究院 の研究会にお招きいただいたのが最初で最後でした。この研究会は、「過去の日本におけるアジア研究を回顧して、これから我が国はアジアと関わっていくために、どういう研究をすすめるべきかを考える」ことを狙いとして原先生が立ち上げられたもので、その成果は報告書として政策研究院のウェブサイトにすでに公表されています。

www.grips.ac.jp

報告:アジア研究報告Ⅰ 21世紀のアジア経済をどう捉えるか:アジア・ダイナミズ ム再考 原洋之介 2021年1月
報告:アジア研究報告Ⅱ 日本経済の150年 原洋之介 2021年1月
報告:アジア研究報告Ⅲ 東南アジア経済の50年 原洋之介 2021年1月
報告:アジア研究報告Ⅳ 中国経済の50年 原洋之介 2021年1月
報告:アジア研究報告Ⅴ インド経済の70年 原洋之介 2021年1月

 このうち、「中国経済の50年」では、拙著『中国経済講義』『幸福な監視国家・中国』もたびたび引用していただいています。もう少し早めに報告書に目を通せていたら私なりの感想などをお伝え出来たのに、と思うと悔やまれてなりません。
 以下の「21世紀のアジア経済をどう捉えるか:アジア・ダイナミズ ム再考」の冒頭の文章を繰り返し読み返しながら、地域へのこだわりから経済の普遍性を追求するという研究方法を追求してこられた原先生のお仕事をどのように受け継いでいくべきか、これからも考えていきたいと思います。

さて、GRIPS に付置されている政策研究院で「アジア研究」という研究プロジェクトを2 年ほど前からおこなっている。この研究は、過去の日本におけるアジア研究を回顧して、これから我が国はアジアと関わっていくために、どういう研究をすすめるべきかを考えることを狙ったものである。このような野心的な目標を前提にして、まず、21 世紀になって以降、アジア諸国の経済がどういう政策課題に直面しているのかを明らかにし、これからわが国がアジア地域とどう接していくべきかを具体的に構想すること目的に、研究会を組織することにした。
 その際、21 世紀に入る前後からアジア地域の経済研究を本格的に始めた、現在 50歳代で我が国のアジア経済研究の中核を担っている研究者に報告をしてもらうことにした。そして、昨年夏前から、研究会を続けてきた中で、私も、アジア経済が今 20 世紀とは大きく異なる状況に直面していることを、改めてはっきりと確認できた。さらに、欧米という先進経済へのキャッチ・アップという競争で、アジア地域で先頭を走ってきた日本が、アジア諸国をリードするという 20 世紀の構図はもはや崩れていることも明らかになった。
 ところで、前世紀末に東アジアが金融・経済危機に見舞われる直前に上梓した拙著『アジア・ダイナミズム』(1996)において、20世紀末において、次の2つの点でアジア経済が大きく変貌し始めていることを指摘しておいた。第 1 は、工業化のメカニズムが変貌して、それまで多くの経済学者によって暗黙にでも信じられていた日本の雁行形態論的工業化モデルのアジア経済の成長分析への妥当性が問われるようになっていたことである。次いで第 2 は、コンピューター技術の飛躍的な技術革新によって、日本も含めたアジア経済において情報化が急速に進んでいることであった。
 このように前世紀から大きく変容し始めている 21 世紀のアジア経済のこれからをどう捉えるべきなのか。この点を明確にして、これからの日本とアジアとの間のあるべき関係を構想するためにも、長い世界史のパースペクティブの下に、アジア経済の変容を捉えておくことが不可欠だと確信した。そこで、歴史的視点から、21 世紀に顕在化し始めた「新しい現実」を捉えようと試みるときに、見過ごせない重要な論点を、私なりに提示しようと思い、この報告を書いたのである。