梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

もう米国債はいらない?

すでに日経が報じたけれども、昨年末より中国政府の金融・通貨政策のブレーンである社会科学院エコノミストの余永定氏が、これ以上の政府(中央銀行)による米国債の購入に警鐘を鳴らし、外貨準備のより多様な運用を主張する発言を盛んに行っている*1

http://www.nikkei.co.jp/china/news/index.aspx?n=AS2M0501W%2005012009

中国社会科学院世界経済政治研究所の余永定所長は5日付の中国紙、中国証券報で、世界最大の外貨準備の運用について「米国債をある程度売って、ユーロや円の資産を増やすべきだ」と語った。中国政府は金融危機が深刻になる中でも米国債を積極的に買い増しており、余氏の発言はこれに異議を唱えたものとして注目を集めている。

 余氏は「米国の財政赤字は2009年に国内総生産(GDP)比で10%に達する可能性があり、米国債の供給は需要を大きく上回る。そうなってから中国が米国債を売れば両国の利益衝突は深刻になる」と指摘。今から外貨準備の運用先を多様化する必要があるとの考えを強調した。

確かに、中国の積極的な米国債の購入姿勢には、金融危機後の流動性不足の状況における「質への逃避」という側面もあるが、それだけでは説明できない、多分に政治的な意図から行われていると思われる節がある。
 たとえば、中国の政府系SWFである中国投資有限責任公司CIC)の当初の設立目標は、通貨当局の資産項目を特別国債とのスワップを通じてCICの資産項目に移し、積極的な運用を行うとともに金融政策の手段を増やすことであった(http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20070327を参照)。その結果、本来ならば外貨準備はCICの設立資本だけ減少するはずであった。
 しかし、統計を追っていけばわかるように、国有銀行を引受け先に約2000億ドルの特別国債が発行され、CICが本格的に指導した後も、中国人民銀行の資産項目にある外貨準備の額はまったく減っていない。このことは、一部の外貨準備がCICに移された後、人民銀行がその分新たに米国債などを買い足した可能性を示唆するものである。本来は米国債保有額を減らして積極的に運営するのがCIC設立の目的だったのだから、この分の米国債買い足しには経済的な合理性は疑わしく、むしろ「米国政府の機嫌を損ねないため」という政治的な目的が強いのではないかと思われる*2

 そういう意状況を踏まえれば、余氏の発言はCIC設立時の精神に立ち戻り、外貨準備を政治的意図ではなく経済的な合理性にのっとって運用するべきだ、という経済学者としてはあたりまえの道理をといているものとして理解できる。それはそうなのだが、なにぶんこの時期に発言されるとそれ自体が政治的意図を持って受け止められるのは避けられないような気も・・

*1:昨年末の発言はこちら

*2:このほか、外貨運用の政治的利用としては、CICの資金の話ではないが中国政府が台湾政府をけん制するため、ドル建てのコスタリカ債を購入している、ことを指摘したフィナンシャル・タイムスの報道もあった。