梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

あまり愉快ではない話

 稲葉さんがネットで『諸君!』のことをほめていたら本当に依頼が来た、という件。
http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20041221
確かに「愉快」な話ではあるのだが、他の領域のことはいざ知らず、 少なくとも東アジア情勢をめぐるこの国の言論状況を考えてみると、冗談じゃ済まされない側面もあると思う。
 例えば、中国で北朝鮮脱北者の支援をやっているのが当局にばれて逮捕拘束された「北朝鮮難民救済基金」の野口孝行さんの手記が『正論』1月号に載っている。しかしなんで人権を抑圧された人々のために活動していて国家権力に拘束されたNGO活動家の手記が『正論』にしか載らないのだ。野口さんの主張は例えばこの講演録を見れば明らかだが、本来なら『世界』や『週刊金曜日』が頭を下げても寄稿をお願いしてしかるべき人物のはずだ。それが保守系オピニオン誌に「取られて」しまうというのは明らかに「敗北」だと思うのだが、『世界』編集部の人にそういう自覚はあるのだろうか。

 また『諸君!』では、12月号に載った水谷尚子さんの論考「中国「反日」運動家"紳士"録」が特筆すべきだろう。この中で著者が何を言っているかというと、要するに「最近の中国の「反日」も困ったものだが、具体的なイメージが何もない状態で「狂ったように反日を叫ぶ中国青年たち」というイメージが先行するのはもっとよくない。というわけで主にネットを通じて実際に反日言論活動をしている青年達に連続インタヴューを試みたところ、確かにどうしようもない奴もいたが大部分は話のわかる常識人だった。日本はこういう人たちにもっと語りかけよう」ということだ。
 こういった「相手の言い分にまず耳を傾ける」という極めてリベラルな試みが、なぜ「進歩派」メディアの方で用意できないのだ。代わりにあちこちで見られたのはせいぜい「保守系メディアが必要以上に反日を煽っている」というイデオロギー的な批判だ。しかし冷戦時代ならともかく、一般の人が軽い気持ちで北京に行って実際の反日感情のスゴさに度肝を抜かれる、という経験を普通にするような時代(例えばここなど参照)に、そんな現場感覚のないイデオロギー的な批判がどれだけ説得力を持つだろうか。

 世論の「右傾化」を指摘する声は多い。でもそれにはやはりそれだけの理由がある、といわざるを得ない。「左」の側があまりにもやるべきことをやっていないのだ。