梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

いただきもの

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 編著者の方からご恵投いただきました。以下、版元のウェブサイトの紹介分より抜粋です。

 新型コロナウイルスの感染拡大が世界を席巻するなか、米中対立の深刻化に歯止めがかからない。近年の米国の変調ぶりもさることながら、その間隙に乗じて強烈な対抗意識をもはや隠そうともしなくなった中国の強硬姿勢には、中国史研究者でなくても鈍感なままではいられない。私たちをとりまく国際環境は、中国の大国化を一つの震源として、いまや軋みをあげつつ急速に流動化し、私たちを見知らぬ不穏な世界へと招き入れようとしている。
 このような時代の転換点にたって、かつての東アジアで強大な勢力を誇った前近代の中華世界と今日の中国との類似性に着目し、その行動原理を歴史に遡って理解する必要を説く専門家も少なくない。しかし、私たちはむしろ今日の中国の個性を形作ったのは20世紀半ばという総力戦の時代であり、その生成の現場を改めて見つめ直すことが大切であると考えている。それは、米国による中国封じ込め政策を生み出し、中国が大規模な世界戦争の再発を近い将来に想定して固く身構えていた時代でもあった。
 20世紀の半ば以降、東アジア諸地域は日中戦争(1937-45年)、国共内戦(1946-1949年)、朝鮮戦争(1950-53年)という長期にわたって連続した大規模な戦争とそれに続く厳しい国際緊張を経験した。その経験が、地域ごとの偏差をともないつつも、戦時に適合した新たな社会秩序を生成させ、それぞれの戦後社会の枠組みを構築する契機となった。明示的かいなかは別にして、これが本書所収の各論文を基底において緩やかに貫いている共通認識である。本書は、前編著『戦時秩序に巣食う「声」――日中戦争国共内戦朝鮮戦争と中国社会』(創土社、2017年)の主題を引き継ぎ、中国・台湾および日本を対象として、戦争や国際緊張がもたらした社会変容の現場に視点を据えながら、そこに立ち現れる多種多様な人々の言説とその特質を追跡したものである。
 本書のタイトルについてあらかじめ断っておくと、ここでいう「現地資料」とは、現地に実際に赴いて調査・発掘したものだけを指しているのではない。もちろん、そうした資料も可能な限り駆使しているが、他方で、考察対象となる現場近くで記録・作成されながらも、何らかの事情によって現地以外の研究機関等に所蔵されるにいたった稀覯資料も含まれている。たとえば、近年の中国(大陸)では、現地の公文書館(檔案館)の利用が厳しく制約される傾向を強めており、本書所収論文の多くは、アメリカ合衆国、オーストラリア、香港などに足を運んで、そこに所在する研究機関等で調査・収集した資料にも依拠している。また、文献資料だけではなく、ここでは現地での聞き取り調査も「現地資料」に含めている。
 本書のねらいは、こうした「現地資料」に封印されている肉声に真摯に耳を傾け、その意味を解読したうえで、激動の時代に翻弄されつつ変化を遂げていく基層社会や現場の人々の営みをリアルに描き出すことにある。今日における人民共和国成立前後の歴史研究に即していえば、あれこれの抽象度の高い論理や図式、あるいは当時の有力な政治指導者たちの教条的な言説からはすでに解き放たれており、それぞれの現場で危機や困難に向き合っていた多様な人々に光をあてることが可能になっている。本書を通じて、その最前線の成果の一つを実感していただけるものと信じている。