このところ中国の不動産関係のエントリが続いているので、ついでにもう一つ。
http://www.nikkei.co.jp/china/news/index.aspx?n=AS2M1900C%2019102008&ichiran=True&Page=4
【北京=尾崎実】中国共産党は19日、12日に閉幕した第17期中央委員会第3回全体会議(三中全会)で採択した「農村改革の推進における若干の重大な問題に関する決定」の全文を公表した。決定は農民に対し、農地使用権の売買を認めることを盛り込んだ。農地の集約を促し、大規模な農場経営を可能にすることで農業の効率化と所得水準の底上げを狙う。
1949年の建国以来、農民による農地の集団所有を基本としてきた中国にとって、農地使用権の売買自由化は事実上の「農地私有化」に向けた動きを加速させる転機となりそうだ。
決定は農地使用権について「貸し出し、交換、売買、株式会社化などの形式を通じて流動化を促し、適度な規模の農業経営を発展させる」と明記した
「農村改革の推進における若干の重大な問題に関する決定」については、日本の新聞各紙でも広く報じられた。この「決定」の内容は実際には多岐にわたるが、土地制度に関する問題が最も重要な点の一つであることは間違いない。ただ、この点について日本の報道を読んで隔靴掻痒の感がある。特にこの「決定」が「「農地私有化」に向けた動きを加速させる転機」になる、という表現はかなりミスリーディングだと思う。というわけで、あらためてこの土地改革の持つ意味についてまとめておきたい。
まず、中国が土地に関して公有制を採用していることは広く知られている。しかし、より重要なのは、都市の土地は「国有」、農村の土地は「集団所有」という区別が設けられている点である。国有である都市の土地は、その使用権が比較的自由に売買できるのに対し、集団所有の農地はさまざまな制限が設けられているほか、土地を手放したときに手にできる代償も制度的に低く抑えられてきた。そのことが農民の不満をかき立て、各地で起きる農民暴動の原因になってきたことはよく知られている。
集団所有の農地においてその用益権がしばしばないがしろにされてきた要因として、集団所有の土地に関しては、都市のように「個人」が「政府=国家」と直接に対峙しているわけではなく、政府と個人の間に「集体」―郷や村といった農村の末端の行政単位やコミュニティ―という存在が挟まっていることがあげられる。このような特殊な制度の下で、農民個人の土地にたいする用益権は、一貫して国家と「集体」による二重の制約を受けてきたのである。
これまで農村における「集体」は、しばしば個人の土地の用益権に介入して、農家が請け負う土地に対し強制的な割り換えを行ったり、農民が死亡した場合には個人が請け負っていた土地を子孫に相続させずに「集体」のものとして再分配を行ったりしてきた。これまでも、「集体」による侵害から個人の土地の用益権を保護する必要性がしばしば主張されてきたし、土地に対する個人の権利はすでに2003年の「土地請負法」によってすでに明文化されている。また、その法律の成立を背景として、すでに沿海部の農村では土地の集約化による大規模な農場経営が行われつつある。したがって、この点に関しては「農村改革の推進における若干の重大な問題に関する決定」は、現状を追認しその徹底化をはかる、という意味合いしかない。
しかし、農村の土地利用に関して、もう一つのアクター、「国家」が絡んでくるケースというものがある。それが、農地の非農業用地への転用のケースである。この点に関し、改革開放の初期のころは土地の処分決定権はやはり「集体」にあり、とくに国家が介入するような状況にはなかった。しかし、乱開発による耕地の減少や「不動産バブル」の発生が問題になってきたこともあり、次第に政府(「国家」)の管理が強まっていった。たとえば1998年に改定された「中華人民共和国土地管理法」では、農地の非農業用地への転用の際には、かならず農地を一旦国家が「収用」し、開発の認可を与えなければならないことが定められた。
しかし、この結果、かえって市・県レベルの政府が土地収用・再開発において大きな権限を握るようになり、しばしば土地供給に関する独占的なレントを追及したり、不動産会社と結託して不法な手段で農民から土地をとりたてたりする行為が目立つことになった。農地の開発権を「集体」から「国家(実態としてはより上層の地方政府)」が奪うことにより、土地(特に住宅地)の競争的な供給が行われなくなり、経済全体の厚生を損ねることになってしまったのである。
このような状況を打開するために、最近各地の農村で生じつつあるのが、村政府などの「集体」が、自ら農地を管理して住宅地などに再開発を行うため株式会社や「土地バンク」などの営利組織を設立して、再び「国家」から土地開発の権利を奪い返そうとする動きである。この点に関しても、今回の「決定」はすでに各地で起きつつある現象を追認するという意味合いを持つ。ただし、「集体」による競争的な土地供給を通じてレントを解消しようとする政策的な意図を明確にしたという点では、「決定」はやはり重要な意味を持つといえよう。
以上をまとめると、今回の「決定」は、農地としての転売に関しては「集体」の介入に対し個人の権利を強化するという意味合いを持つものの、非農地への転用に関してはむしろ「国家」の介入に対し「集体」の自主性を尊重する、という二段構えの姿勢がみられるのではないだろうか。したがって、このことをもって土地の「個人所有制」に道を開いた、と論じるのはやはりミスリーディングである。これからの中国経済のおかれた状況を考えれば、今後は明らかに非農地への転用が増えていくものとおもわれるが、現状ではその際個人の権利が保護される保障はどこにもなく、むしろ「集体」が「国家」に代わって農家個人を収奪する可能性も十分ありうるからである。
このように農村土地制度をめぐる「国家」「集体」「個人」の間での権力の分配構造は一筋縄ではいかないが、問題は前回論じたような不動産市場をめぐる状況の変化、あるいは今後内需中心の経済発展が成立していくかどうか、という点にもかかわるので、しばらくは目が離せないといえよう。