梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

中国の株式市場についてのThe Economistの分析

 いやあ、やっぱりThe Economistは素晴らしい。

中国の株式市場の過熱振りについては、日本国内においても、活字・ネットを問わず数多くの分析が出されている。しかし、5月26日付けのThe Economistの中国株式市場に関する記事The great wall of moneyほど、簡潔にして中国の株式市場の現状に関する要点が見事に整理されている記事をみたことがない。ちょっと前の記事なので読んだ人も多いだろうし、どこかのブログで紹介されているのかもしれないけど、自分の理解のためにも要点をまとめておきたい。

 この記事の最初の方の日本語訳(大意)は以下で読める。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20070529/125855/
 だが、当然ながらより重要なのは株価の変動が実体経済に与える影響を分析したその後の部分だ。以下、その後半部を要約してみる。

・・現在の中国ではまだ株式市場の規模が小さいので、価格の上下が経済全体に与える影響は限定的である。たとえば近年のブームにもかかわらず、株式保有者はまだ全人口の7%にしか過ぎない。また、政府の保有分を除いた「流通株」の時価総額もまだGDPの25%でしかない。ちなみにアメリカではこの数字は150%であり、インドでも100%である。

 次に、株価の変動が実体経済に影響を与える経路について考えてみよう。

 重要なものとしては二つある。まず一つ目は、消費に及ぼす「富効果」だ。すなわち資産価格の上昇によって消費者の実質購買力が増え、需要を押し上げる効果である。しかし中国では、2001年から2005年にかけて株式市場の指数が55%も下落したが、その間も消費者支出は堅調であり、GDPは高成長を続けた。現在でも全家計の保有する金融資産のうち株式の割合は15%に満たず(アメリカでは約50%)、当時とそれほど状況は変わっていないと考えられる。また、社会保障面での不安が原因となった中国人の貯蓄性向の高さも、中長期的には変化しないと考えられる。以上のことを考えれば、今後株価が大きく下落した場合でも、富効果による個人消費への影響は限定的だと考えられる。

 二つ目の経路は、株価の変動が企業の資金調達のコストに与える影響である。株価が上昇すれば、企業は設備投資のための資金調達がより容易になる。しかし、現在中国の企業のうち株式市場に上場しているのはほんの一部でしかない。また、民間部門の設備投資のうち、60%は内部留保などの自己資金であり、20%は銀行からの借入であり、株式市場からの調達は全体の10%にしか過ぎない。というわけで、現状ではこの経路も限定的だと考えられる。

 というわけで、株価の下落が実体経済に与える影響としては、以上のような「直接的な」ものではなく、むしろ「間接的な」ものが重要だろう。一つには、社会心理的な影響があげられる。たとえば、株式市場の暴落は、市場に対する消費者の「信頼」を大きく傷つけることになるだろう。当局も、奨学金や老後の生活資金を株につぎ込んでいる学生や年金生活者の不満が実際の行動となって現れ、社会の不安定要因になることを警戒している。もう一つの「間接的な」影響の可能性は、中国の株式市場の下落が、今年2月の「世界同時株安」の際のようなようなトリガーの役割を再び果たすのではないか、ということだ。世界的な流動性過剰の状況を考えれば、中国の株式市場の変動は、国内経済よりもむしろ海外の市場に対してより大きな影響を及ぼすかもしれない。

 ・・以上、極めてまっとうな分析で、ほとんど何も付け加える必要を感じない。言い換えればそれ以外の崩壊論とか陰謀論とか、余計なものがくっついている分析は非常にに胡散臭いということである。が、日本では残念ながらその手の余計なものがくっついている記事ほど、「事情通」としてもてはやされる傾向があるようだ。そういった「事情通」の「エコノミスト」の方々も、このThe Economistの無駄のない記述を少しは見習っていただきたいものである。