梶ピエールのブログ

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中国の市場経済化と動学的非効率性(上)

Capitalism with Chinese Characteristics: Entrepreneurship and the State

Capitalism with Chinese Characteristics: Entrepreneurship and the State

 中国・アジア経済の研究者として著名なHuang Yashengの新しい著作が話題になっている。以下の Economist誌の書評にもあるように、1980年代の中国経済が、郷鎮企業に代表されるような企業家精神にあふれた非国有企業が中心になって成長してきたのに対し、1990年代以降には、上海の浦東地区に代表されるような国家開発プロジェクトに外資を呼び込む、という成長パターンが中心になってきた。その結果として、近年の中国経済はますます国家主導的・非競争的になってきており、そのことがさまざまな社会のひずみを生み出している、といういささかショッキングな結論が関心を集めているようだ(私自身は未読)。
http://www.economist.com/books/displaystory.cfm?story_id=12333103

 これとは別に、中国経済について、個人的に長年気になっている現象があった。国際金融の分野でよく知られた「ホーム・バイアス」という概念にかかわるものだ。 これは国際間の資金移動に関して、情報の非対称性や為替リスクの問題が存在するため、海外により収益性の高いプロジェクトが存在しても、資金が国内の投資対象に集中するという現象を指したものである。したがって、為替リスクなどが存在しない日本の県間やアメリカの州間のような国内の資金移動については、このような「ホーム・バイアス」の存在が問題とされることはまずない。

 しかし、中国に関しては、省間の資金移動においてかなり深刻なホーム・バイアスが存在する、言い方を変えれば各省ごとの貯蓄額と投資額が密接に連動しているという現象がみられることが、専門家の間では広く知られてきた。さらに興味深いのは、この現象が改革開放が始まった1980年当時にはそれほど顕著ではなく、むしろ「第二の市場化改革」ともいうべき本格的な財政・金融改革が行われた、1990年代半ばからはっきりみられるようになっているという点である(くわしくはこの論文を参照)。

 このことは、一般には「中国では金融市場が未発達なので、資金移動がまだ非効率だからだ」と解釈されることが多い。金融市場が効率的であれば、資金は収益率の低い地域から高い地域に自然に流れていくはずなので、「国内版ホーム・バイアス」のような現象は生じないはずだからだ。しかし、そうだとするならば、むしろ市場化改革がより進んだ90年代においてこの現象が一層顕著になったことの説明がつかない。Huang Yashengのように「いやむしろ1980年代のほうが市場は競争的だったのだ」というのは、ある側面だけに注目すればあてはまっても、80年代当時にはまだ多くの財が政府の統制化にあったことや、市場化のための諸制度も未整備だったことを考えると明らかに無理がある。

 答えを探しあぐねていたところへ、世界金融危機を読みとく好著として世評高い竹森俊平氏の『資本主義は嫌いですか』における、今回の金融危機の遠因ともいうべき世界的な過剰流動性に関する記述がひとつのヒントを与えてくれた。すなわち、現在の中国で本当に問題なのは、資源配分の非効率、といっても静学的な金融市場の問題というより、むしろ動学的非効率の方なのではないか、という考えにたどり着いたのである(以下、続く)。

資本主義は嫌いですか―それでもマネーは世界を動かす

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