このたびの中国の4万億元の経済対策については、日本のネット界ではなんといっても津上俊哉氏の分析が詳しいが、こちらの方でもいくつか重要だと思える点をメモしておきたい。まず強調しておくべきなのは、中央銀行が眠ったまま機能していないどこかの国とは異なり、今回の決定が大規模な財政出動と金融緩和のポリシー・ミックスである、ということがはっきりしている点だ。このことは温家宝首相が内需拡大策を打ち出してから間髪を入れず、周小川中国人民銀行行長が、年内の利下げも視野に入れた金融緩和によって財政的な刺激策をサポートするという姿勢を明確に打ち出していることからも明らかである。このような金融当局の積極姿勢を裏付けるように、11日には国債レポ市場における公開市場操作を通じて500億元規模という大規模な流動性供給が行われたと伝えられた。同時に、短期金融市場における流動性供給の手段として新たに入札型ターム物貸出(TAF)の導入も発表された。
次に、温首相の発表の後、経済関係の報道を中心に、中国社会全体のふいんきが見事に楽観ムード一色に転換した点だ。中には、「2ヶ月以内に株式市場は「牛市(bull)」に転じる」と断言している報道もあった。また、このたび10月の経済指標が発表されたが、そこでCPIやPPIの上昇幅が明らかに下降基調にあることが示されたことも、緩和的な政策の正しさを印象付ける効果を持った。もちろん、現在のような不確実な状況において、過度な楽観ムードに陥ってしまうことのリスクがないわけではないだろう。しかし、ここしばらくの世界経済が「大恐慌」の自己実現に陥りかねない状況だったことを考えると、中国のような大国の経済が楽観主義に転じることは、相変わらず悲観主義が支配的であるよりもはるかに望ましいことである。特に、悲観主義を打ち消そうとして必死にばら撒き政策を打ち出しながら、まったくその目的を果たしていないどこかの国の政府と比べると、政府発表から数日間でこれだけのムードの転換を可能にした中国政府の手法の鮮やかさは一層際立っていると言わざるを得ない。
最後に、これはあまり指摘されていないことだが、10項目の経済対策をみていて気がついたのは、アメリカの景気落ち込みによって最も深刻な打撃を受けているはずの広東省を中心とした外資系の輸出企業に対する特別の配慮が、まったくといっていいほど盛り込まれていない点だ。これは、深センや東莞で今苦しんでいる、委託加工貿易かそれに近い形でのビジネスを行ってきた低付加価値の輸出企業に、苦しけりゃさっさと出て行ってくれ、と言っているに等しいように思える。このことからも、政府の「内需中心の発展パターン」への転換の意思は、もはや疑いようもないように思える。このように政策の方針が(たとえその決定過程は不透明であっても)外部から見ても明確であり、ブレがない点も、現在のような世界に悲観主義が覆っている状況の下では重要であろう。これもまたどこかの国の(ry
竹森俊平氏によれば、深刻な流動性危機による悲観主義が世界経済を覆った1990年代末、その悲観主義を打ち消し好況への道筋を開いたのがグリーンスパンのFRBによる積極果敢な流動性供給であった。今回の中国政府による大胆なレジーム転換を伴うポリシー・ミックスは、それに匹敵する積極果敢で楽観主義的な行動として、後世に記憶されることになるのだろうか。