梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

中国の資産バブル問題

 一部で議論が盛んなようなので、私もいっちょう久しぶりに(笑)中国経済について論じてみましょう。
http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20071127#p1
http://d.hatena.ne.jp/Baatarism/20071126

 ここ1ヶ月ほどの株式市場の下げについては、以下の関志雄さんの分析で指摘されているように、大量の売却制限付株(非流通株)のロックアップが一斉に解禁されるのを見込んでの市場調整と、高値を頼んでのIPOラッシュという国内の需給要因でほぼ説明できるように思われる。
http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/ssqs/071113ssqs.htm

 これに若干の解説を加えておくと、もともと中国の上場企業の株式は流通株と非流通株に分かれており、市場で取引することのできる流通株は全体の3分の1程度に過ぎなかった。しかも、最近まで流通株主は経営に対してほとんど全く発言権を持っておらず、政府機関などの大株主を中心とする非流通株主の利害のため少数の流通株主の利益が犠牲にされることもしばしばであった。このように流通株主が徹底的に「弱者」の位置に置かれていたこともあって、中国の株式市場は長い間低迷を続けてきた。
 この状況が変わったきっかけは2005年から2006年にかけて行われた一連の非流通株改革である。これにより流通株と非流通株の違いが基本的になくなった。通常は市場で流通する株式が大量に増えることは株価の下げ要因になるはずだが、関氏の論説にもあるように今回の改革では1年以上のロックアップ期間が設けられたことに加え、既存の流通株主の権利をかなり保護する方針が打ち出されたことで、むしろ流通株保有による期待収益を高める方向に働いたことが一連の株ブームにつながった、というのが専門家のほぼ一致した見方かと思う。
 近い将来に供給が大きく増えるのが明らかである以上、どこかで調整局面に入るのは理の当然といってもよいだろう。これ自体はきわめて合理的な動きであるので、ハードランディングにでもならない限り、今回の株価の調整が(それがしばらく続くとしても)実体経済に与える影響は軽微なものにとどまるだろう。あったとしても国有企業の民営化のスピードが若干鈍る程度ではないかと思われる。

 ただ、株式市場が調整局面に入ったことを嫌って投資家の資金が他の資産市場に一気に流れ込むようなことが起きるなら、市場が急落して一般の投資家が泣きを見、大きな社会問題となる可能性は大きい。そのような国内株式市場からの資金の流入先として考えられるのは今のところ不動産市場と香港市場である。
 中国の不動産市場は株式市場以上に特殊なので、うまく説明するのは難しいのだが、最大の特徴は土地が公有制であるためその再開発にはかならず地方政府の認可が必要であり、地方政府はその認可権を通じて不動産の供給をある程度コントロールできる、という点にある。したがって中国の不動産市場は株式市場よりもはるかに政治的な要因により左右されやすく、また価格の急落も起こりにくい。2003年に不動産バブルが懸念されるようになってから中央政府は不動産ローンの引き締めなどの需要抑制策を何度となく打ち出しているが、そのたび開発が抑えられ不動産の供給も減っているため、全国レベルでみたばあいには目だった価格の下落は起きていない。
 ただ、中央政府としては株式市場の資金が不動産市場に一気に流れ込むことような事態だけはなんとしても避けたいはずだ。それは、
 ・不動産価格の上昇は家賃の上昇などを通じて庶民の生活を圧迫し、社会的な不満の増大をもたらす
 ・株式市場は一般市民でも参加できるが、不動産市場に投資できるのは一定以上の富裕層に限られる。前者から後者に資金が移動することは、後者に投資することができない一般市民に大きな損害を与える可能性がある
 ・「株成金」よりも、政府と結びついてあくどい儲けをしているというイメージの強い不動産業者・ディベロッパーの方が、はるかに世間の批判を浴びやすい

 などの事情があるからである。このところ、ちょうど株式市場と入れ替わるような形で高騰を続けている不動産市場に対して(中央)政府は関係者自ら「バブル」の懸念を表明したり、不動産ローンに関する新たな規制策を打ち出しているが、上記のような事態を避けるための焦りが感じられる。株価が急騰したときには口先では何度か事態を憂慮する姿勢を見せたものの、基本的には野放し状態だったのとは大きな違いだ。  また香港株式市場に関しては、来年度からQDIIを通じた中国本土からの投資が行われることになるが、上記のような事情を考えれば、その実施はかなり制限されたものになるのではないだろうか。

 いずれにせよ、中国経済の「バブル」を論じる際に、株式市場の状況だけを見てもあまり意味はなく、特に不動産市場との関連に注目しながら、政府の採る金融政策がどのような意味を持つのか、注意深く見守っていく必要があるように思われる。