梶ピエールのブログ

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進藤榮一『東アジア共同体をどう作るか』

 どれだけ売れているのかわからないけど、実は二年前くらいから「東アジア共同体本」の出版ラッシュが続いていて、既にとてもフォローしきれないほどの著作が出されている。論文や学会報告も含めたら膨大なものになるだろう。

 東アジア内での経済統合のあり方や、移民や環境問題など域内の共通の課題をどう解決していくべきなのか論じることはもちろん意味のあることだ。しかし本書を一読したところ気になるのは、

WTOが進めようとするグローバリゼーションはアメリカの「一超多極(一人勝ち、と言った意味か?)」体制の下で「カジノ・グローバリズム」の跋扈を防げないのでダメだが、東アジアで進みつつある「FTAの連鎖」によって形成された「ネットワーク分業」を基盤とする「開かれた経済統合」は、グローバル資本の餌食になることがなく、「脱序列化」を進め中間層の形成を促すのでよい。
・日本は、かつてドルを基軸通貨とする「カジノ・グリーバリズム」のもとで、吉川元忠氏が主張するような対アメリカ「マネー敗戦」の屈辱をなめさせられ、「失われた十年」のデフレ不況に苦しんだ経験を忘れてはならない。
・というわけで、今や東アジア共同体に難癖をつけているのは、アメリカ一辺倒の対米基軸論者だけである(はずだ)。

・・・というごりごりの「反米」的なメッセージがあちこちで読み取れることだ。しかしこれは感情的にはある程度理解できても、あまり論理的なものとは言えない。たとえば東アジアにおける経済統合は、かつてのEUのような「関税同盟」に基礎を置くものではなく、域外との貿易に障壁を求めない「開かれた経済統合」となるべきだという。そのこと自体に異論はないが、であればそこで目指されるものはWTOが理想として掲げたグローバル自由貿易体制に限りなく近づくはずであり、(その利害調整のメカニズムに対する批判はあるにせよ)WTOだけを「悪」とみなす合理的な理由は見当たらない。
 もしそれがあるとすれば、WTOは日本に「マネー戦争」を仕掛けた邪悪なアメリカが仕切っているから、という理由だけだろう。しかし著者が主張する「マネー敗戦」のストーリーとは、アメリカが「双子の赤字」を解消するために日本に超円高を強制するとともに、日本人にアメリカ国債を買わせるために低金利政策をとらせ、結果として日本(人)は米金融資産を保有したことによる巨額の為替差損をこうむっただけでなく、経済のバブル化と産業の空洞化、さらにその後の長期不況への道を突き進むことになった、というものである。このストーリーには正直言ってどこから突っ込んでいいのかわからないのだが、一つだけ言っておくと、アメリカが日本に「円高を強制してなおかつ低金利を強制した」というのは論理的におかしい。日本が低金利政策を続けることは明らかに円安要因だからである。

 というわけで、どうも「頭を冷やす」必要があるのは靖国神社をめぐる議論だけではないような・・