梶ピエールのブログ

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ケインズ経済学の逆襲!

 先日、UCBの経済学部主催のセミナーで、コーディネータであるアカロフ先生が御大自ら行ったレクチャーを聞く機会があった。「ケインズ経済学の逆襲!」というのは僕が勝手にそう呼んでいるだけで、'the Missing Motivation in Macroeconomics'というのが講演の本当のタイトルである。タイトルだけでなく以下の講演のまとめも、あくまで梶ピエールの理解によるものなので、必ずしもアカロフ先生の意図を正確に伝えていない可能性があるが、ご本人がこれを読んでクレームをつけることは絶対ないと思うのであまり気にしないでやることにする。正確さを期したい人は後で紹介するペーパーなどを参照してください。
 さて、マクロ経済学における'the Missing Motivation'というのは何のことだろうか。これは、70年代においてそれまでのケインズ経済学にかわって学界の主流となったミクロ的な基礎付けを持つとされる(新古典派マクロ経済学が、実は個々の経済主体の行動に関する「モチベーション」に関する基礎付けを欠いているのじゃないか、ということを指摘したものである。


今回の報告はアカロフ氏とRachel Kranton氏(ウェブサイトは http://www.econ.umd.edu/~kranton/。Akerlof氏との共同論文についても同ウェブサイトで公開されているのでそれを参照のこと)の一連の共同研究の成果に基づくものらしい。従来からニューケインジアンが取り組んできた「ケインズ経済学のミクロ的基礎付け」とは、通常効用関数などミクロな経済主体の行動原理の導出においては基本的に新古典派のものを踏襲した上で、ケインズ的な結論(その多くは賃金および価格の硬直性を指摘すること)を目指すのに対し、Akerlof=Krantonのプログラムは社会学や実験経済学の知見も動員して、経済主体のミクロ的基礎付けの前提自体をより現実的な方向で見直そう、というより野心的でスケールの大きいものである。

 こういった従来のマクロ経済学における'Missing Motivation'の典型例として、アカロフ氏は、「5つの中立性(neutrality)」に関する問題を挙げる。これは、各ミクロ経済主体の行動が政府の財政・金融政策などによって影響を受けない(経済政策はミクロ経済主体の行動に対し中立的である)ことを示す以下の5つの定理または仮説のことを指しており、いずれも新古典派的な政策的インプリケーションを導く理論的前提として重要な意味を持ってきた。

1.リカードの等価定理 
2.フリードマン恒常所得仮説
3.M-M(Modigliani= Miller)定理
4.自然(失業)率仮説
5.合理的期待形成仮説

 アカロフ氏は、これらの「中立性」に関する定理もしくは仮説は、実は個々の経済主体の「動機づけ」を考慮していないものだとして、その理論的脆弱さを批判する。そして、これまで「ミクロ的基礎付け」を欠いているといわれてきたケインズ経済学の伝統的な見解(「中立性」とは正反対の結論を見出す)こそ、このような「動機付け」に関する新しい理論的知見に整合的であるだとする。つまり、「ミクロ的基礎づけを欠いているのは実はそっちのほうだ!」とケインジアンの立場から新古典派に「逆襲」するような構図になっているのだ。
 大変面白い内容だったので、講演と配布されたワーキングペーパーの内容を何回かに分けて紹介していきたい。また、この分野に関しては僕はほとんど素人で、最近の研究動向の流れをフォローしているわけでは全然ないので、詳しい方がおられたらぜひ示唆をお願いしたい。

#追記
同様の講演はYale大の'Macroeconomics and Individual Decision Making' というワークショップの一環としても行われたようで、下記URLで講演ペーパーの入手が可能です。このワークショップ自体とても興味深いものだと思います。僕はとてもフォローする余裕がありませんが・・
http://www.econ.yale.edu/~shiller/behmacro/2005-11/akerlof.pdf
http://www.econ.yale.edu/~shiller/behmacro/