梶ピエールのブログ

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ウォールストリート・ジャーナルの中国報道

 胡錦涛の報米について、昨日「扱いが小さい」と書いたウォールストリート・ジャーナルだが、今日(20日)は飛ばしてくれました。ほとんど「中国特集」といっていいほど中国関連記事がてんこ盛りで、ヲチャーにはこたえられない内容となっています。以下、いくつかの記事を簡単に紹介。

 まず、1面の記事'As China Boosts Defense Budget, U.S. Military Hedges Its Bets'は、タイトルの通り中国の軍事費の増大を警戒しアメリカはどのようにして対抗策をとるべきか、という極めてネオコンな内容。僕はこういう話は苦手なのでここではパス。興味のある方は探して読んでみてください。

 豪華なのはオピニオン欄。まず目に付くのは陳水扁*1による寄稿文'We Believe Democracy'である。内容は「台湾の主張」を簡潔かつ理路整然と訴えるもので、まず台湾がこれまで民主主義と自由を実現してきたことをアピールし、現在その地位が中国の経済的台頭と軍事的な威嚇によって脅威にさらされていることに注意を向けている。また、中国との経済的な結びつきが深まるますます状況の中で、現状を維持しつつ対話を図っていこうとする現政権の姿勢が中国側に理解されず、正式な独立を志向するものとして理解されていることに遺憾の意を表明。さらに台湾の将来は現在台湾に住む2300万の人々が自分達で決める問題であるとした上で、政府は今後も北東アジアにおける「責任あるステークホルダー」、「自由と民主主義と平和のディフェンダー」としてアメリカと協力しつつ中国政府と平和的な対話を行うための努力を続けていく、としている。
 個人的には昨日紹介した、中国への蔑視があからさまに現れているWSJの社説などよりずっと格調の高い文章だと思う。
 アメリカ保守派は伝統的に国民党とのパイプが太く、リベラル政権の色彩が強い民進党とは距離を置いているという印象があったので、WSJにこれが載るのはちょっと以外な気もするが、NYTの従来の報道姿勢をみる限り台湾に対しては比較的冷淡なので、仕方ないのかもしれない。

 同じオピニオン欄に掲載されている社説'The Long China View' はまさにブッシュ政権の本音はこの辺にあるのだろうな、と思わせる内容になっていて興味深い。上にも触れた国防費の増大、イラン・スーダンなどアメリカが警戒している産油国への接近、貧富の差の拡大など国内の矛盾とその帰結としての排外的なナショナリズムの高まり、など「中国脅威論」の根拠となるネタを一くさりおさらいした後、それでも中国が今後も経済発展を続け、民主化のための条件を整えることによって、こういった「潜在的なライバル」としての性格は次第に弱まっていくだろう、という比較的楽観的な見解を示す。
 そして、現在議会の中で次第に強まっている中国に対する保護主義的な動きは、アメリカ自身の経済的な利益を損なう可能性があるだけでなく、中国を国際社会に引き入れることで次第にその民主化を図る可能性を封じてしまうとして強い懸念を表明している。まあ、アメリカ金融界の利害を集約したらこういう意見になるでしょうな。

 さらにオピニオン欄には'Corrency Manipulator ?' と題するロナルド・マッキノンの人民元問題に関する論説も掲載されている。内容は、アメリカ・中国の貯蓄・消費構造が変化しない限り人民元をいくら切り上げても貿易不均衡は解決しないこと、したがって中国は大幅な為替の切り上げを避けて内需拡大などの方法で貿易不均衡の緩和を図るべきこと、など彼の従来からの主張が繰り返されている。こういう実質的な固定相場制維持派であるマッキノンの論説がWSJに載るというのも興味深い。

 というわけで、こうして改めてWSJとNYTの論説を見比べてみると、右のWSJは国防と台湾、左のNYTは人権、とまるで示し合わせたように役割を分担しながらどちらも現在の中国政権に対してはかなり厳しい論陣を張っている、という印象を受ける。さすがにあからさまに保護主義的な主張をする論調は今のところみられないようだが。
 歓迎式典での法輪功関係者の妨害行為が全米中に流れた件といい、どうひいき目に見ても今回の「美国行」は順風満帆とはほど遠い、というのが正直な印象だが、果たして今後の胡錦涛政権の行方にどのような影響を及ぼすだろうか。

*1:ちなみに肩書きは'President of The Republic of China(Taiwan)'であった。