http://cruel.org/other/rumors.htmlより。
ぼくも、読み始めは同じく「おおすげえ!」と喜んでいたけれど、でも最終的な評価はそれじゃ足りないのだ。「マオ」はいろんな資料をあたってよく調べてあるのは事実だが、問題はそれをもとに何を言っているか、ではないか。それをきちんと広い視点からフェアに評価できるのが、エスタブリッシュメントとしての正統文化であるはずなのに、それをやってくれそうな人もメディアもまったく思いつかない。なんでおれみたいな腰掛けサブカルの端っこの人間が、正統エスタブリッシュメント文化の仕事をかわってやらにゃいかんのだとは思うが、これからぼくが CUT とかで書く書評以上のものがどっかに出てきたら驚く。
僕の立場からはさすがに「そうそうその通り」ともいえないのだが、山形さんの苛立ちには確かに共感できる点もある。例えば英語圏では、必ずしも専門学術誌ではない媒体に何人もの有力な評者がかなりのボリュームの書評を書いていて、それがこういった形でネットで比較参照できるようにまとめられているが、こういう状況は確かにうらやましいものがある*1。
*1:この中では例えばアンドリュー・ネイサン氏による批判的な書評「翡翠とプラスチック」などはとても力が入っていて、この本を読むときどのような点に注意して読まなければならないかほぼ述べつくしているようにも思えるので、また改めて紹介したい。