梶ピエールのブログ

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いただきもの

www.kadokawa.co.jp

 相変わらず、精力的に著作を発表し続けているノンフィクション作家の安田峰俊さんからご恵投いただきました。本作は3年前に出版されて話題を呼んだノンフィクション、『八九六四』の増補完全版です(こちらについての私のブックレヴューは、以下の学術成果リポジトリKernelのリンクをご参照ください)。

http://www.lib.kobe-u.ac.jp/repository/90005462.pdf

 本書でまず特筆すべきなのは、出版にあたって加筆された、2019年の香港デモに関する新章でしょう。

上記のツイートでも少し触れられていますが、最近になって2年前の民主化運動に参加した、あるいは海外からそれを支持した香港出身の人々による、運動の過程においてみられた排外主義の高まりに反省の目を向ける言論が、次第に増えてきているように思えます。例えば、下記の1つ目のリンクは2014年の雨傘運動で学生グループのリーダー的役割を果たし、現在米国で留学中の周永康氏による論考です。香港の民主化運動と、アメリカにおける「香港人権民主法」の制定、Black Lives Matterの問題、2020年の米大統領選をめぐる混乱、アメリカ社会におけるアジア人ヘイトの問題などの複雑な「絡み合い」について、真摯に向き合った文章だと思います。

www.thestandnews.com

またこちらは上記の安田氏のツイートでも触れられている陳怡さんの論考です。

lausan.hk

 このような動きは、必ずしも2020年6月の香港国家安全維持法(国安法)の成立に伴う、民主化を求める言論の後退、として単純にとらえられるものではない、と私は考えています。当初の運動自体が大きな矛盾を抱えていたからこそ、知的に誠実な人々ほど現在は「内省モード」に入っているのだ、と見るべきなのだと思います。
 ただ、こういった香港民主化運動の「内省モード」について、それをきちんと受け止めて日本語で解説する報道や論考は(様々な理由から)非常に少ないのが現状です。その中で、早い段階から「運動自体が抱えていた大きな矛盾」について、かなり早い段階から指摘をしていた(だからこそいろいろな批判を浴びた)安田氏の現地レポート+現段階での総括は、やはり非常に貴重なものだと思います。『八九六四』における中国大陸の民主化運動の挫折の描写と合わせて読めば、いろいろなことが浮かび上がってくるのではないでしょうか。