梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

サヨウナラ、産経新聞。

 産経新聞は長らく僕の愛読紙の一つだった。このブログでも検索してもらえれば過去記事のなかに産経新聞からの引用が結構多いことがわかるだろう。といっても必ずしもその主張に共感していたわけではない。もともと僕の実家は祖母とその姉妹も同じ敷地内に同居していた大家族で、それぞれの嗜好に応じていわゆる5大紙を全て取っていたので、中学生くらいのころから同じトピックについて新聞による報道の違いを比べて楽しむ癖が身についていた、ということがある。

 中国研究者のはしくれとして生計を立てるようになってからは、さすがに一人暮らしなので4つも5つも新聞をとるようなことはしていないが、ここしばらくは朝日・日経・産経の三氏の中国報道にはほぼ毎日目を通すようにしていた。ある時期まで、中国政府に嫌われることも厭わない産経の報道スタンスは、他紙との差異化という点で確かに意味があったし、特に台湾および少数民族関係の記事が目立って多かったので中国ヲチの上では重宝していた人も多いはずだ。だから、いわゆる進歩系の知識人が「産経新聞」と聞いただけで毛嫌いする姿勢をみせるのには、むしろずっと違和感を感じてきた。
 中国関連の長期連載にも優れた企画が多かった。特に後に単行本になった伊藤正氏の『蠟小平秘録』は、連載されていたのが海外留学中だったので実家に連絡して切り抜いてもらい、あとで読むのを楽しみにしていた。今でも伊藤氏については日本で最も優れたチャイナウォッチャーの一人だと思っている。

 しかし、その産経だが、ここ1,2年は正直なところ広げて目を通すのが苦痛になっていた。品のない誹謗中傷、根拠のないデマを検証しないで垂れ流すような記事が目に余るようになってきたからである。とくに、昨年秋に自民党政権が倒れ、「野党」の財に追いやられてからは、それまで少しは残っていた現実主義の重石がはずれ、日刊ゲンダイの右翼版といった色彩が強くなっていったように思う。また、「得意領域」だったはずの中国報道についても、最近では朝日新聞東京新聞などにもかなり中国の現状に批判的な記事が載るようになり、次第に差異化が困難になったという焦りもあったのではないだろうか。

 ・・そんなふうに思っていたところだったので、この4月に職場を変わったことを期に、研究費で産経新聞を購読するのをやめた。実家でも、今年になって祖母の妹が亡くなっこともあって、僕自身が代理店に電話をして購読をやめることにした。その選択が正しかったことを、僕は昨日twitterで流れてきた情報により確信することになる。以下は、4月25日の紙面に掲載された、河添恵子著『中国人の世界乗っ取り計画』という本についての西尾幹二の書評の一節だ。

http://sankei.jp.msn.com/culture/books/100425/bks1004250957012-n1.htm

「ウソでも百回、百カ所で先に言えば本当になる」が中国人の国際世論づくりだと本書は言う。既に在日中国系は80万人になり、この3年で5万人も増えている。有害有毒な蟻をこれ以上増やさず、排除することが日本の国家基本政策でなければならないことを本書は教えてくれている。(産経新聞出版・1365円)

 書籍に関しては私は読んでいないので(タイトルでほぼ想像はつくが)コメントは差し控えている。しかし、西尾の書評、特に上記に引用した箇所からうかがえるものは、もはや中国・中国人への批判という域を超えた、差別意識に満ちたレイシズムそのものであるといわざるを得ない。はてなブックマークのコメントで、これは「汚い病気をまき散らすゴキブリを放置するのは危険だ」という、かつてルアンダツチ族虐殺をあおったラジオDJのヘイト・スピーチとそっくりではないか、という指摘があったが、僕も基本的に同感である。


 西尾の言論活動について、近年では田母神俊雄を賞賛するなど、「語るに落ちた」という印象を持ってきたが、いくつかの過去の著作については敬意を払ってきた。しかし、上記の文章は単に呆け老人の繰言と笑って済ませてしまうわけにはいかない。身体に「いまわのきわ」があるように、精神や思想にもおそらく「臨終の瞬間」というものがあるのだろう。そのいうことを実感させられたことが、この引用するだけで脳みそが腐りそうな文章を読んでの、唯一の収穫であるといってよい。

 もちろん、このような文章をチェックなしで載せてしまうような、産経新聞社全体を覆うレイシズムや排外主義に関する一種の底が抜けたような無感覚さにも、空恐ろしいものを感じる。あえてナショナリスティックな物言いをすれば、このような記事を載せた新聞が堂々と大学や公共の図書館などに置かれているということ自体が、「日本の恥」以外のなにものでもないと思う。

サヨウナラ、産経新聞。もはや二度と購読、いや、お金を払って読むことはないだろう。その分浮いたお金は・・たまに『週刊金曜日』でも買ってみることにするか。