梶ピエールのブログ

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続・『不平等国家 中国』について


  先日まとめたこの本の結論の中でも、特に重要なのは「共産党員・国家幹部が改革の最大の受益者になっている」という指摘だろう。たしかに80年代には非国有セクターの伸びが目立ち、「国立大学の先生よりタクシーの運転手の給料のほうが多い」という状況もしばしば見られた。しかし、90年代後半以降は国有企業のリストラなどが行われる一方で、国有セクターに残った人々の既得権益はむしろ強化されたのだ*1

 このうちもっとも重要な動きとして、同時期に進んだ住宅改革の効果が挙げられる。これはそれまで国有企業など「単位」が提供していた住宅を、払い下げなどの手段で個人の持ち家に転換させる政策だが、その際国有セクターの従業員はかなりの優遇を受けた(具体的には市場価格よりかなり安い値段で払い下げを受けた)と考えられる。このような「住宅格差」は帰属家賃を通じてそのまま都市住民間の所得格差の拡大につながったであろう。

 また、90年代末より進んだ国有企業のMBOやMEBOにより、企業経営者・従業員の個人資産が大きく増加したことがあげられる。これらのMBOは「所有制改革」の一環として行われるので、企業はその後本来なら「民間企業」になっているはずだが、実際は株式会社化しても国家株が過半数を占めている場合には「国有セクター」としてカウントされている可能性があるからだ。この点は統計の解釈に注意が必要だろう。

 さらに近年の土地再開発ブームにより地方政府とその関係者が巨額のレントを取得したこと、またその際、大きな利益をあげた不動産業者の中に国有企業がかなりのシェアを占めていること、も指摘しなければならない*2

 以前、高原基彰氏の『不安型ナショナリズムの時代』を読んだ際にどうしても違和感がぬぐえなかった理由もこの辺にある。「ナショナリズム」に引き寄せられる中間層がラジカルな変革を求めず、政府への対抗意識が弱いという指摘はその通りだが、国有セクターの「上からの解体」によりライフコースが多様化・流動化し、それが中間層の不安をもたらしたことがナショナリズムの背景にある、という解釈は恐らく事態の半分しか見ていない。むしろ近年の中国社会において高学歴→「公務員」or「党員」→「経済的恩恵」という「黄金の勝ちパターン」はますます確固としてゆるぎないものになっているのであり、このようにいわば「固定化」と「流動化」が同時に生じている点が、いわゆる「中間層」の問題を語る際にもポイントになってくるのではないだろうか。

*1:ここからは私の個人的見解ですのでご注意下さい。

*2:先日放映されたNHK『激流中国http://www.nhk.or.jp/special/onair/080615.htmlでも、公営の病院が独立採算となったあと不動産開発にも乗り出し、事業を拡張している様子が描かれていた。