梶ピエールのブログ

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アバ県について

 チベット人権民主センターが四川省アバ県で死亡したチベット人の写真を公開した。死体にははっきりと弾痕が見える。残酷な写真なので直接リンクは張らないが、例えば長田幸康さんのブログで紹介がなされている。以下のハンナ・アレントの言葉を真っ先に思い出した。

 忘却の穴などというものは存在しない。人間のすることはすべてそれほど完璧ではないのだ。何のことはない、世界には人間が多すぎるから、完全な忘却などというのはあり得ないのである。

New York Timesの18日付の記事にも、これらの写真についての記述がある。

In the late afternoon, monks at the Institute of Higher Tibetan Studies monastery disseminated a half-dozen chilling photographs that they said were from Aba in Sichuan Province, a city Tibetans call Ngaba. One photograph showed a tank in the middle of a street, and another showed bodies in the road and a child crouching to get a closer look. The monks said a source in Aba sent the image Monday afternoon by e-mail, somehow circumventing the Chinese government’s latest Internet restrictions.

What followed was a most unusual news conference. The monks telephoned a man who said he was in Aba and let reporters listen as he described soldiers filling the streets of the city and people vowing to resist Beijing’s midnight deadline to end their demonstrations.

 さて、このアバ県(四川省アバチベット族チャン族自治州)とはどのようなところだろうか。手元にある2000年の中国人口センサスによれば、6万人ほどの県人口のうち、少数民族チベット族だけではない)の比率が約94%である。例えば同センサスによるラサ市区内の少数民族人口比率が65%ほどである(現在はもっと下がっているだろうが)ことを考えても、漢族の比率は非常に低いところだといっていいだろう。この数字だけからみると住民同士の「民族対立」が暴動の原因になったとはちょっと考えにくい。
 一方高いのが文盲率で、約46%というのは四川省の中でもかなり高いほうである。ただし、チベット自治区内だけでみると特に農村など文盲率が60%から70%の地域もざらにある(あくまで2000年の数字)。ちなみにラサ市区の文盲率は16.5%ほどである。
 2004年の統計データを見ると、一人当たり域内GDPは約4000元で、四川省(決して豊かな省ではない)の平均の半分ほど。ただしこの額はここ数年確実に伸び続けている。また同年の財政収入が400万元ほどなのに対し支出が1億4000万元と、自主財源が3%しかなく、あとはすべて補助金である。目立った産業はなく、農業人口比率が80%を超えている。
 ・・以上は、無味乾燥な統計データを示しただけだが、いろいろな点でラサとは対照的なところだといっていいだろう。ここ数年中国各地でおきてきた農民暴動との共通性、とくに多額の補助金の配分について住民の間に不満はなかったのか、といった点からもこの問題は考えなければならないだろう。