梶ピエールのブログ

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お正月に読みたい本

 ほとんど話題にもならなかったが、今年は中国で反右派闘争が起きてから50周年目にあたる。それにあわせたのだろうか、反右派闘争で糾弾され「最大の右派」とレッテルを貼られた中国民主諸党派のリーダー章伯鈞の娘による回顧録の翻訳が出版されている。

嵐を生きた中国知識人―「右派」章伯鈞をめぐる人びと

嵐を生きた中国知識人―「右派」章伯鈞をめぐる人びと

 オリジナルは中国で出版されてベストセラーになった後発禁になり、その後内容が増補されて香港で出版された。一応オリジナルも持ってはいたのだが今までちょっと手が出なかったので、翻訳が出たのを知って早速購入し、通勤時間などの暇に少しづつ読み進めたのだが、本当はお正月にでもゆっくり読みたかった。あるいはもういっぺん通読するか。

 改めて僕などが指摘するまでもないことだが、本書は現代中国に関心を持つ者であればおよそ必読だと思う。訳文も原作の雰囲気をよく伝える名文だし、詳しい人物紹介があるのもありがたい。共産党政権の中国において心から「自由」を追い求めた人々がいた。彼らは中国の古典ならびに西洋の思想全般に通じ、「自由」「民主」について語らせれば決して世界の著名な思想家にひけを取らなかった。中国共産党というと、農村に支持基盤を築いて政権をとったというのが一般的な理解だが、国民党に失望した都市の自由主義的な知識人の間でも広く支持されたということを忘れてはならない。しかし共産党が政権をとった後、ほどなくして「用済み」となったそれらの人々は容赦なく切り捨てられる。その後の苦難と屈辱の生活の中でも決して誇りを捨てなかった人々の精神的気高さを、「最後の貴族」というオリジナルタイトルがよく表している。

 ただ、本書全体を貫く張り詰めたような美しさに心打たれながら読み終えたとき、一つの大きな「欠落」にも気がつかざるを得ない。それは、本書の登場人物は例外なく経済オンチだということだ。彼(女)らが語る「自由」の中で経済活動の自由の占める位置は恐らくごくごく小さなものでしかない。まあ、そういったものを追い求めた人々は国民党サイドに行ったはずなので当然といえば当然なのだが。このことと彼(女)らの追求した「自由」が結局のところ悲劇で終わらざるを得なかったことは、決して無関係ではないように思う。