梶ピエールのブログ

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食の安全とグローバリゼーション

NHKクローズアップ現代』でここ2日間ほど中国製食品の安全性やコピー商品という今「旬」の話題をテーマに取り上げていたが、さすがにしっかりしたつくりの番組だった。中国性の食品に問題のあるものが多いことはもはや誰でも知っていることで、そのことをことさら騒ぎ立てても情報量としてはゼロである。今ジャーナリズムが本当に明らかにすべき問題は、前から品質が劣悪だったのに最近になって騒がれだしたのか、それとも最近になって品質が急速に悪化しだしたのか、まただとしたらその原因は何か、ということであるはずだ。

 『クローズアップ現代』では、中国のうなぎの養殖業者の取材を通じて、高騰する生産コストと上昇しない買い付け価格という近年の中国側業者をとりまく厳しい状況が、これらの業者に不正な手段でコストダウンを行う強いインセンティヴをもたらしているという構図を浮き彫りにしていた。もともと中国産の野菜が日本の市場に入ってき始めたころは、日本の商社などが生産段階から深くコミットする「開発輸入」が一般的だったはずだ。しかし現在では、委託契約した中国の生産者や商社にほぼ「丸投げ」するケースがより増えてきたと考えられる。しかし、これらの現地業者も、近年では労働力不足による賃金上昇や物価上昇によるコスト増に苦しんでいる、さらに品質基準が工場したことにより、栽培・養殖に必要な薬品をより高価なものに切り替える必要がでてきたこともコストを上昇させる要因の一つとなっている。

 このように生産コストが大きく上昇したにもかかわらず、日本の消費市場ではすでに中国製品=安いのがとりえというイメージが定着しているため、日本の商社などによる買い付け価格はほとんど上昇していない。このことが日本の業者と委託契約をしている加工業者などに、品質基準を遵守していないモグリの業者が生産した原材料を用いるなどの不正を行うインセンティブをあたえる。そういったことがあちこちで行われるようになり、さらに顕在化してきたのがここ最近の「食の安全」をめぐる世界的な報道の盛り上がりだ、というわけだ。もちろん、ちゃんとした検証は必要だが、かなり説得力のあるストーリーではないかと思う。

 番組では明示的に述べられていなかったが、ここで生じてくるのは、中国側業者に不正を働くインセンティヴがあることをみすみす分かっていながら低価格での請負契約を続け、その結果製品のチェック機能を十分に働かせられなかった日本の輸入業者や商社の姿勢は問われる必要がないのか、という疑問である。実際『アエラ』の8月6日号にそのような立場にたった記事が掲載されたらしい(こちらを参照)。この記事は未読だが、紹介記事を読む限り言われていることは至極正論だと思う。

 が、それでもやはり引っかかる点はある。たしかに輸入業者などがコスト削減だけを考えた現地業者との安易な委託契約をやめ、それなりのコストをかけて製品をチェックするという姿勢を続けていれば、確かに輸出される食品の品質は一定のものが保たれ、これほど問題視されるようなこともなかったかもしれない。しかしその場合も、輸出向けではない、安全性のチェックをほとんど受けていない低品質・低価格の商品は今までどおり中国国内に出回り、特にそういった食品を購入せざるを得ない低所得者層の健康を蝕み続けただろう。今回のように中国製品への不信感が世界規模で噴出することによって、中国国内市場向けのあまりにいずさんな品質管理の実態に政府が遅まきながら目を向けるきっかけになった、という側面も否定できないのではないだろうか。

 この一連の問題はグローバル貿易、とくに「農」や「食」にかんするそれに関するそれと消費者運動との関連を考える時の難しさが端的に現れていると思う。中国製商品輸入への危機感は、右派の民族主義的な心情だけでなく、自由貿易に懐疑的で、「地産地消」をよしとする左派的な心情にも訴えるところがあり、だからこそこれだけ広い関心を呼び起こしているのだろう。が、そのような幅広い基盤をもった先進国における消費者運動は常に「正義」だというわけではなく、時に途上国の人々の生活を直撃する「暴力」ともなりうる。しかしそれはまた同時に、場合によっては今回の中国のケースのように途上国の政府の何らかのリアクションを促し、途上国の人々の生活を改善させる契機ともなりうるだろう。で、どっちに転ぶかは現状ではケース・バイ・ケースとしか言いようがないような気がする。というわけで、より望ましいグローバリゼーションのあり方を考えていくという観点からも、今回の一連の騒ぎからは考えさせられる点が多いのである。