梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

中国の炭鉱残酷物語

 今、温さんがいらっしゃってますが、個人的にいまひとつ関心がわかないので、マイペースでドキュメンタリウォッチングを続けます。

さて、毎度褒めてばかりいるとそのうち本当に回し者とのレッテルを貼られそうだが、4月7日に放送された、炭鉱労働者に関するBSドキュメンタリーも素晴らしい内容だった。よくぞここまで突っ込んだ取材が出来たものだと心底感心する。

 取材班が入っていったのは、内陸部陝西省の二つの村にある独立採算制の零細炭鉱(いわゆる「郷鎮炭鉱」)である。そのうちの一つは安全性の面で問題が大きいため政府により操業停止を命じられ、メンテナンスを行いながら操業再開を期しているが、仕事にあぶれた炭鉱労働者たちが焦りを隠せないでいる。

 中国の炭鉱が爆発や落盤事故などで毎年多くの犠牲者を出している、非常に危険な職場であることは日本でもよく知られているが、これらの炭鉱事故はほとんどがこういった農村部に位置する零細な「郷鎮炭鉱」で生じている。このほかに中国には国有の大型炭鉱も存在するが、こういった零細炭鉱の安全性対策は国有の炭鉱とは全く比べ物にならないお粗末なものである。それでもこういった「郷鎮炭鉱」が一向に衰退しないどころか、近年ますます生産額を増やし続けているのは、一つには中国の高度経済成長によってエネルギー需要が急速に拡大を続けているからだが、もう一つの要因として石炭流通市場の「二重構造」とそれと結びついた地元政府の地域振興策がある。単純化して言ってしまえば、国有の炭鉱が生産する良質の石炭は鉄道を中心とする国有の物流ルートに乗って主に沿海部の国有の発電所で使われる。一方、番組で描かれるような内陸の農村部はそのようなエネルギー生産の連関から全く外れたところにある。そういった地域で工業化に必要なエネルギーを確保しようと思えば、効率性は悪くても自前で炭鉱を経営し、さらに小規模な発電所を作って自前で電力を供給するしかない。

 番組でも、村の共産党書記兼村長が実は炭鉱のオーナーでもあることを紹介していた。その共産党書記で村一番資本家でもある村長は、「補助金が雀の涙ほどなので、79万元ほどかかった道路舗装費のうち64万元は俺が負担した」と自慢げに話していた。「俺が負担」というのは要するに炭鉱の利潤をそれにあてたと言うことなのだが・・要するに、形式上民営化はされているが典型的な「おらが村の炭鉱」なのだ。

 しかし安全対策が極めて不十分なまま需要が増加するのにあわせて増産が図られるためため、事故などの犠牲者は増える一方である。統計によれば、中国の毎年の炭鉱労働者の石炭生産高あたりの死亡率はアメリカの100−150倍だと言われている。これでは対外イメージもよくないので、政府は採算劣悪な状況にある炭鉱の閉鎖を命じたりしているが、なにぶん「石炭を掘れば儲かる」状況が続いているので、一端閉鎖を命じられてもヤミで操業を開始したり、ちょっと「対策」を施した後また復活したりしているのが現状だ。

 番組で紹介された、閉鎖を命じられていないほうの炭鉱での労働状況もすさまじいものである。一日10時間ほどの労働のあと、坑内から出てきたときの坑夫の真っ黒けで目だけがギョロッと光る顔や、たちまち真っ黒になる風呂の湯を見ただけでもその仕事の過酷さが分かる。

 実は、坑内に入っている労働者のほとんどは地元民ではなく他村、すなわちもっと貧しい地域からの出稼ぎ労働者で、賃金は一ヶ月2000元(3万円)といったところである。地元ではせいぜい4−500元の仕事しかない彼らにとっては危険でもやはり魅力のある仕事なのだ。これ以外に坑の外で肉体労働もあり、賃金は坑内の仕事の半分ほど。地元民は主にこちらの仕事についている。彼らに言わせれば坑内に入る仕事は「いくら給料がよくても危なすぎてとてもやる気がしない」という。それでも学費や老人の医療問題を何とかしなければならない出稼ぎ工にとっては、なんとか必要な金額を蓄えるまで働き続けられるか、それまでに事故にあうか過酷な労働で体を壊すか、一種のバクチに参加しているようなものである。

 もちろん事故が起きた時の補償も十分ではない。仕事中に大怪我をした出稼ぎ坑夫は1000元ほどの補償金をもらって炭坑側と和解したが、治療費は少なく見ても3000元くらいかかり、補償金では全くカバーできないと言う。しかも道具の管理を怠るなどの従業員の側のミスに対しては容赦なく罰金を取られる。

 印象的だったのは、炭鉱のオーナーが、模範労働者には電子レンジをプレゼントしたり、帰っていく出稼ぎ工に「来年もまた来てくれよ」と声をかけていたり、生産量を落とさないために労働力の確保に躍起になっている様子がうかがえたことだ。確かに、他に少しでも条件のいい仕事さえあれば、だれもこんな炭鉱で働きたいとは思わないだろう。また近隣には「黒窯」とよばれるさらに劣悪な条件のヤミ炭坑も存在し、そこでの労賃は通常の炭坑労働の3倍になるという。もちろん高い賃金は死の危険と抱き合わせになったものだ。

 この前の『南風窓』に関するNHKスペシャルといい、今回のBSドキュメンタリと言い、NHKの中国取材班の実力は間違いなく世界トップレベルにあることを感じさせる。だが、優れたドキュメンタリーであればあるだけ、現実のあまりの過酷さと不条理に胸がふさがる思いがする。かといって坑夫たちの過酷な労働状況は、先進国における反スウェットショップやフェアトレード運動では絶対に改善しない。ただ、この現実から目をそらさないようにすることだけがわれわれに出来ることだろう。

※本エントリに当たっては堀井伸浩氏の一連の仕事を参考にしました。