梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

売られるドイツ、買う中国

このところドキュメンタリー番組の紹介ばかりで恐縮だが、実際に興味深いものが多いので。
 通常「グローバライゼーション」という言葉でイメージされるのは先進国の資本が中国やインドなど途上国に進出し労働力を安く買い叩くという構図である。しかし、14日にBSで放映されたドイツのコークス工場を題材にした番組では、逆に中国の企業が先進国に進出し生産設備などを買いあさっているという、いわばグローバリゼーションの別の一面が詳しく描かれている。

以下、番組紹介ページより引用。

ドイツの高い技術レベルを入手しようと中国の大企業がルール工業地帯にある最新鋭のコークス工場を買収した。中国側の目的は、工場を解体して、この工場の設計図を手に入れること。この設計図で中国各地に最新鋭のコークス工場を作り、ドイツその他の先進国にコークスを輸出するのがねらいだ。
この番組は、中国企業に買収されたドイツのコークス工場が中国人労働者によって解体され、上海に移設される様子を1年にわたり撮影。コークスとは、石炭 を蒸し焼き (乾留 )したもの。燃焼時の発熱量が高いこと から 蒸気機関車 や鉄鋼業 など の重厚長大産業 には欠かせない燃料である 。解体が進むにつれ、双方の技術者の間で、様々な軋轢が生じる。そのコミュニケーションギャップを描く中で、ドイツ人と中国人の考え方は相容れないことが浮き彫りになる。
ドイツ人技術者は解体を安全に実施することを優先するが、「安全」の基準が中国人技術者とは全く異なる。ドイツ人から見ればずさんきわまりない危険な現場感覚で通訳を通じて議論が日々行われ、あるとき、解体作業は中断する。ドイツ側の強い意志を見て中国側はようやく安全確認を行うようになる。
中国各地からの労働者たちは、低賃金労働者だが多くの人たちが「これで家族を養える。これで子どもが学校に通える」と語り、早朝から夜遅くまでの作業を黙々とこなした。この中で、高い足場から中国人労働者が転落し、重傷を負うが、中国企業は、「安全確認を行わなかった労働者の責任」と補償額を減らすとほのめかす。
ドイツ人技術者は「彼らは蟻のようにわいてきた」と中国人の集団主義と勤勉ぶりを揶揄するが、1年で最新鋭の巨大工場は見事に解体された。このグローバリズムの市場原理の中で、ドイツの魂とも言える高水準の技術を中国に渡し、勝者は明らかに中国人というのがこのドキュメンタリー制作者の視点となっている。

上記の文章で、中国人労働者の転落事故に関して「補償額を減らすとほのめかす」とあるが、番組を見た限り実際に行われていることはもっとえげつない。労働者はどうも給料から1万元(約15万円)ほどの預託金(押金)をあらかじめ引かれており、件の事故は自分の不注意で起こったことなのだから、その預託金は返さないよ(つまり治療費などは全て自己負担しなさい)、ということのようなのだ*1
 繰り返しになるが、グローバリゼーションに伴う労働搾取が問題とされる際には、先進国の企業が自分達の国ではとても行えないような劣悪な労働条件を途上国の労働者に強いている(あるいはそのような現地の企業と委託契約を結ぶ)ことが問題とされることが多い。その場合、あまりにひどい実態が明らかになれば、この前のインドのドキュメンタリーのようにその企業の社会的責任が厳しく問われることになる。不十分かもしれないがそれが一定の歯止めになるのは事実だろう。
 しかし今回の番組が示唆するように、もともと労働者の権利が十分に守られていない国の企業が急激に成長を遂げて海外進出し、より貧しい国で現地労働者を劣悪な条件で働かせるようになった場合には、そのような企業の社会的責任による歯止めの効果はほとんど期待できないだろう。
 中国やインドの企業の海外進出が増えていくにつれ、それらの企業の「社会的責任」を一体誰が問うのか?ということが、かなり深刻な問題になっていくのではないだろうか。

*1:正確には事故率が一定の値を超えた場合にその預託金は返さない、という契約を入社時に結ぶようだ