このたびようやくこの本↓を読み終わったわけです。英語版はずっと前に購入していたのにお恥ずかしい限りですが。
- 作者: スティーヴン・レヴィット,スティーヴン・ダブナー,望月衛
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
- 発売日: 2006/04/28
- メディア: 単行本
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さてこの本の後半に、白人と黒人の教育格差について興味深い研究を行っているハーバード大の若手経済学者、ローランド・G・フライヤー Jr.氏がたびたび登場する。このフライヤー氏、昨年の9月にバークレーの経済学部のセミナーに来て講演しているのだが、そのときの題目が『ヤバい経済学』でもとりあげられている"Economic analysis of 'Acting White'"(シロい振る舞いの経済学)だった。もともとの50人くらいのキャパのセミナー室ではギャラリーが入りきらず、大教室に移動したほどの大盛況で、彼のユニークな研究は既に西海岸の方でも話題になっているらしかった。
で、話を聞いた時はフライヤー氏があまりに早口だったのとこちらの英語力と経済学力がないせいでほとんど理解できなかったのだが、とても面白そうだとは感じたのであとで一生懸命配られたペーパーとにらめっこして書いたのが以下のエントリである。今のところ「ヤバ経」からこれらのの記事にたどり着いた人はほとんどいないみたいなので、改めてリンクを張っておきたい。
http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20051009
http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20051011#p2
http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20051013#p1
ここでもう一度「シロい振る舞いの経済学」の議論を簡単にまとめておこう。ここでいう「シロい振る舞い」とは、アメリカの白人の中産階級の間で支配的なある種の文化的な振る舞い(真面目に勉強したり、「黒人らしくない」喋り方をしたり、バレエを習ったり・・)を指す。フライヤー氏によれば、ある黒人がこのような「シロい振る舞い」に及んだ場合、往々にして黒人のコミュニティーの中で徹底的に仲間はずれにされるという。
今、中学校に通う一人の黒人学生がいるとしよう。もし彼(女)が頭がそれほどよくなく、努力しても学校社会で勝ち抜いていくことが無理そうだと自分でもわかっている場合、学校で真面目に勉強して「お高くまといやがって」と仲間達にハブにされるよりは、黒人のコミュニティの中で受け入れられるように行動する(それは時としてチンピラのように振舞うことを意味する)ことを選択するだろう。
一方、彼(女)が聡明で、努力しさえすれば高等教育を受け、高収入の仕事を見つけ、中流階級の一員としてやっていける可能性が高い場合には、たとえ黒人コミュニティーからつまはじきにされても、そのことの損失分を高収入の職を得ることによる期待生涯収入の上昇分が上回るので、自ら「シロい振る舞い」、すなわち学校で真面目に勉強し、「シロい話し方」を身に着け、「シロい友達」たちと付き合うことを選択するようになるだろう。
この結果、黒人の中でも優秀な学生は「シロい振る舞い」を受け入れ、あるレベル以下の学生はそれを拒否する、という顕著な傾向が生じてしまう。このような現象は、「シロい振る舞い」がアメリカにおける社会・金銭的な地位向上のための必要条件である以上、現存する白人と黒人間の格差を固定化する役割を果たすだろう。たとえ一定割合の黒人が「シロい振る舞い」を身につけた結果社会的成功を収めたとしても、彼(女)らは自分をつまはじきにしたコミュニティーへの帰属意識を持たず、その環境を改善しようと言うインセンティヴを持たないだろうからだ。
最初に彼の論文を読んだ時に、この研究にツッコむところがあるとすれば、「シロい振る舞い」仮説が正しいとして、ではそこからどういう政策的インプリケーションを引き出せばいいのかが今ひとつよくわからない点だ、と感じた。しかし、フライヤー氏自身は一つの現象にもっともらしい説明を与えるだけで満足していられるようなタマではないようだ。次のような記述を読む限り、彼をこういった研究に駆り立てているのは、知的好奇心だけではなく、彼自身の体験に根ざしたもっと生々しい問題意識に思える。
「黒人が成功できないって言う証拠はいくらでもある」と彼は言う。「非嫡子の数でも乳児の死亡率でも平均寿命でも、黒人と白人の格差を見ればいい。SAT(大学適性試験)の点が一番低い人種は黒人だ。黒人は白人より稼ぎが低い。黒人はいまだにうまくいっていない、マル。僕は黒人がどこでつまずいたのかを根本的に解明したい。一生をそれに捧げようと思っている(『ヤバい経済学』231ページ)。
間違いなく、フライヤー氏は今後の活躍を最も注視すべき若手経済学者の一人である。
フライヤー氏のウェブサイト:
http://post.economics.harvard.edu/faculty/fryer/fryer.html
"An Economic Analysis of 'Acting White'"
http://www.economics.harvard.edu/faculty/fryer/papers/as_fryer_qje.pdf
"Acting White"(より一般的な文章で読みやすい)
http://www.economics.harvard.edu/faculty/fryer/papers/aw_ednext.pdf