梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

土地供給を通じたマクロコントロール?

津上俊哉氏のブログで中国のマクロ経済に関する興味深い論考が紹介されていた。

http://www.tsugami-workshop.jp/blog/index.php?year=2005&month=6&categ=
http://www.tsugami-workshop.jp/article_jp_class7id20060430.html

さて、ここで紹介されているように政府による「土地(使用権)」の供給量のコントロールが、マクロ経済への調節手段として機能する状況、というのは実際に存在しうるだろうか。考えられるケースとしては、
 
 ・土地の供給が限られているため、土地開発の収益性は非常に高い
 ・しかしそれ以外の、企業の設備投資などの収益性は低く、土地開発への融資が制限された状況でベースマネーの供給を受けても、銀行は融資を拡大しようとしない
 
 以上のような条件の下では確かに「金融緩和(ベースマネー供給拡大)とともに土地供給を増やす」ことが拡張的な金融政策が有効に働くための条件になるかもしれない。だが、これはどのくらい現実的な仮定だろうか。

 また、同じ条件の下でも、金融引き締めの際はどうか。中国では、もともと金利によるマネーサプライの調節があまり効かず、銀行融資に対する直接の「窓口規制」が頻繁に行われている。そうだとすれば、金融引き締めを行う場合「窓口規制」による銀行融資の縮小だけで十分なはずであり、土地供給のコントロール(縮小)までは行う必要がないのではないだろうか?金融と土地、わざわざ二つのルートによるマクロコントロールの手段を確保しておくインセンティヴはどこにあるのだろうか?

 ここには恐らく経済外的な事情が隠れている。全ての鍵は、上記記事でも指摘されているが土地供給のコントロール権が地方政府に握られていることにある。つまり、土地供給の増加には、銀行融資を地元に振り向け、地元経済を活性化させるための手段という意味があるのである。

 だから「政府は貨幣だけではなく土地の供給によってもマクロコントロールを行う」という表現は恐らく正しくない。「中央政府が一旦金融緩和を決定すると、地方政府は地元への利益誘導のために争って土地の供給も増やそうとする」というのがより正確ではないだろうか。中央政府も地方の圧力に押し切られる形でそれを認めてしまうのだろう。

 この裏返しで、金融引き締めの時には土地の使用権の供給も縮小せざるを得ないものと思われる。上記のような特種な事情により、経済過熱が最も顕著な形で現れるのが不動産市場になるからである。このことは近年「金融引き締め」の名で行われている政策の多くがじつは「バブルつぶし」に他ならないことを示している。そしてそれは基本的に大きな副作用が伴うものであることは日本のバブル退治と(深刻さは違うにせよ)同じである。

 だから、今後の健全な金融政策の運用には市場化をベースにした土地制度の改革が必要だ、という周基仁氏の指摘はまったく正しい。ただ、その実行はかなり難しいだろう。というのも、このような土地供給のコントロール権は恐らく地方政府の重要な既得権になっており、その剥奪には大きな抵抗が予想されるからだ。