梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

小口幸伸『人民元は世界を変える』ISBN:4087203158

 これは以前にnetoさんが「わかりやすい」とほめておられたので先日サンフランシスコの紀伊国屋に行ったときに買ったもの。
 確かに人民元改革をめぐる制度的な説明はわかりやすいし、人民元の切り上げ圧力をみるのにはシンガポールなどのNDF市場の動向に注目するのが有効との指摘は参考になった。

 しかし、終わりの章の「円の国際化」も含めた東アジアの通貨秩序、および日本経済の展望について述べたところは、どうもいただけません。どこがいただけないのか、は次の二行を引用すれば十分だろう。

ではどうすれば円はアジアのチャンピオンの座を維持できるか。このためには二つの大きな政策転換が必要だ。製造業重視から金融重視への転換と、円安から円高政策への転換だ(182ページ)。

 小口氏はいったいこの10数年ほどの日本のデフレについてどのように考えておられるのだろうか。上記の(及びそれに続く)記述からは長期不況がまるで大した問題ではなかったような印象を受けるどころか、円が「アジアのチャンピオン」とやらの地位を確立するためには、不況のまっただなかでももっと金融を引き締めて「強い円」を確固たるものにすべきだったし今後もそうすべきだ、と言っているようにしか思えないのだが。

 小口氏は盛んにアメリカの金融部門の「生産性の高さ」を強調し、生産性の低い製造業中心の経済からの「構造改革」を遂げたことが90年代以降のアメリカ経済の好調を支えてきた、という書き方をしているが、この間、アメリカは緑爺さんのもとで基本的に「テイラー・ルール」に基づいた物価安定的な金融政策が一貫して行われてきたということを忘れてはならない。

 著者の肩書きは通貨・国際投資アナリストだということだが、望ましい国際通貨制度について議論する際には国内の金融政策の重要性についてスルーしてもよい、などというのは「金融先進国」アメリカでは全く通用しない態度だと思うのだが。

 …というわけで、気楽に読み始めたものの、最終的にはいろいろ考えさせられることの多い本でした。