梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

厳善平『中国の人口移動と民工』ISBN:432650272X

 今月初めに注文していたものが今日届く。ここでも何度か書いたかと思うが、今後の中国のマクロ経済政策運営の行方は、地域間の人口移動がどれだけスムースに行われるか、およびそういった流動人口に社会保障を初めとした公共サービスがどれだけ提供されるか、ということに大きく左右されると考えられる。その意味で、日本における中国農村研究のエースである著者がマクロ・ミクロデータを駆使して地域間労働力移動の決定要因や出稼ぎ労働者の就業条件などについて広範な分析結果を提供してくれる本書は中国経済の将来を考える上で必読の文献の一つであるといっていいだろう(高いけど)。

 本書によって明らかにされた中国の人口移動に関する問題点とは、労働移動についてはかなり緩和されたものの、就業条件に大きな制限があり出稼ぎ労働者と都市住民との賃金格差が歴然としていること、また出稼ぎ先への「定住」はまだ厳しく制限されているため、世帯ごと都市に移住する、あるいは出稼ぎ先で所帯を持つ、という日本の高度成長期に見られたライフサイクルのパターンが非常に少ないこと、といったところだろうか。
 ここから先は僕の勝手な予想なので話半分に聞いていただきたい。こういった大都市への移住制限政策が続けられる限り、内陸農村と大都市との所得格差は縮まらないので、前者から後者への労働力移動は賃金格差が固定化されたまま持続していくことになる。これは確かに一面では大都市の労働コストの上昇を防ぐ働きを持つ。しかしこれでは内需が一向に拡大しないので、経済成長はますます外資・輸出だのみになると考えられる。またそれは現在の元高圧力が今後も持続することを意味するだろう。しかし、地域間の人口移動を制限したままの元高の進行と貿易の拡大は、内陸農民の都市住民に対する相対所得を、ますます切り下げる方向に働くだろう。一方大都市は大都市で、国内外の余剰資金が集中しやすい構造になっているため、絶えず資産バブル発生の可能性にさらされることになるだろう・・
 こういった状況を念頭においてブランシャールらによる中国のマクロ経済政策に関する議論に目を通すと、あらためて今後の人口移動政策の重要さがよくわかるのではないだろうか。