梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

ナマ林毅夫の夜

 今晩は、中国人留学生たちが主催している研究会に参加して、林毅夫(ジャスティン・リン北京大学教授の講演を聞いてきた。この人の話をじかに聞くのはこれがはじめて。林教授は、もともと台湾生まれで国民党のエリート軍人だったのが、ある時なにを思ったか台湾海峡を泳いで中国大陸に亡命し、その後シカゴ大で新古典派開発経済学の大御所シュルツに師事、現在は国際的に名を知られる経済学者になるという激動の人生を送ってきた人だ。このため台湾ではいまだに「反逆者」扱いであり、追訴を恐れて親の葬式にも帰国できなかったというのは有名な話である。

 著書で邦訳があるものには『中国の経済発展』ISBN:4535550646、『中国の国有企業改革』ISBN:453555109X(いずれも日本評論社)があるが、そこでは新古典派の経済学をベースにしながらも改革開放後の中国の経済発展の歩みを「奇跡」として自画自賛する、いわば「市場主義的ナショナリスト」とも言うべき、近頃どこかの国でも台頭しつつあるような姿勢が目に付いた。
 ・・というわけでご本人はさぞかし濃ゆいキャラの方かと思っていたのだが、あにはからんや、語り口はソフトかつ明晰で、いかにも頭がよさそうだがそれが嫌味にならないという非常に紳士的な物腰の人だった。
 しかも、話はいきなり現在中国が直面しているデフレの懸念と、デフレがいかに経済・社会に弊害をもたらすか、という説明から始まり、さらにデフレ再発の防止ともう一つの大きな問題である国内の経済格差の解消を兼ねる一石二鳥の処方箋として、農村開発による内需の拡大が必要である、という方向に話は進んでいく。
 ここまでは「この人、いいこと言うなあ・・」と聞きほれていたのだが、話がアメリカなどとの貿易摩擦の問題に及んでくると、「中国の軍事費がアメリカにとって脅威であるはずがない」などといったなんとなく愛国主義的な発言が目立つようになり、将来の展望を語る段になっては、「確かに現在の中国経済が直面する問題はいろいろありますが、これまでうまくやってきましたし、これからも何とかうまくやっていくでしょう」という非常に大雑把な楽観的な見解が述べられ、最後にはアンガス・マディソンの分析を引用しながら、2030年までに世界経済は、中国・欧州・米国・インド・日本が「群龍無首(どんぐりの背比べ)」としてその力を競い合うようになるだろうが、中国はこのまま行けば2015年までに米国を抜いてその先頭に立つだろう、という長期的な見通しが披露されたのだった。
 僕としてはもう少しここで取り上げたような為替政策と国内金利の調整、それと財政政策とのからみをどうしていくか、という点についての突っ込んだ話を聞きたかったのだが・・出だしが非常に素晴らしかっただけに終わりのほうは正直言ってなんだかなあ、という感じがぬぐえなかった。
 というわけで今夜の結論は、「林先生はやっぱり濃ゆい人でした」マル。